第42話
「あー、まだかなー」
男がつまらなそうに机に肘をついていた。
「あー、遅いなぁーーー」
けどその言葉に誰も反応せず。
「ねぇー、反応くらいしてよ〜」
だる絡みが始まる。凛は早々に机から離れていたし、浩は浩でモニター見て何かブツブツ言ってるし。よし、俺も部屋の隅へ逃げようと伊月が席を立った瞬間、ガッと腕を掴まれてにこやかに言われる。
「ねー伊月君?どこに行くのかな?」
「ど、どこだっていいだろ」
思わずたじろいでしまうほどに、男の圧が強かった。
「よくないよ、全然よくない」
「いや知らないんですけど」
まぁまぁ座って、と半ば強引に座らされる。
「……」
手を離したらすぐに逃げようと思っていた伊月の考えを知ってか知らずか、男はがっしりと腕を掴んだままで。
「離してくれない?」
「えー、やだ」
「何で」
「何となく?」
「あぁそーですか」
これ以上押し問答を続けても埒が明かないだろうことに気付いたので、伊月は黙って座っていることにした。
「全く、手を離してあげてくださいよ」
またしてもいつの間にか、のっぺらぼうの奴が後ろに立っていた。しかもなんかティーセットっぽいものを持って。
「ねぇ、ずっと気になってたんだけど、あんたって暇なの?」
「何を仰います。これでもとんでもなく忙しいんですよ?」
「いや、そうは見えないから」
ふふん、と自慢げに鼻を鳴らして、のっぺらぼうの奴が、
「私は優秀ですからね。隙間時間を見つけて、こうして息抜きをしているのですよ」
と言った。伊月は、へぇー、と気のない返事をする。
「で、何をしに?」
「もう気付いているじゃないですか。もちろんお茶を飲みにですよ。ほら、準備をするのでその手、退けてください」
ペチペチと男の手を軽く叩いている。
「どうせ伊月様も飲むのですから、逃げるようなことはありませんよ」
すると男は、思っていたよりもあっさりとその手を引いた。
「彼は、伊月様に構ってほしかったのですよ」
「うん、それはなんとなく分かってたけど」
「ちょっとちょっと、まるで俺が寂しがりやみたいに言わないでくれない?」
「え、違うの?」
「違うわ!全然違う!」
「ふーん、じゃあ何で?」
「えー、それはぁ…」
思わず半目になってしまう。
「何でもいいだろ!」
「はいはい」
「準備できましたので、凛様を呼んでいただけますか?」
「分かった」
男は浩の目の前で手を振っている。伊月は凛を呼んだ。
「凛」
凛が振り返った。
「何?」
「何かのっぺらぼうの奴がお茶しようってさ」
「お茶?」
凛が怪訝そうな顔をした。
「そう、お茶」
「分かったわ」
机へ戻ると、もう浩も男ものっぺらぼうの奴も座っていた。
「いい匂いね」
「そうか?」
「何がお好きか分からなかったので、王道のアールグレイにしました」
「いいわね。私、アールグレイ好き」
「それは良かったです」
凛とのっぺらぼうの奴の紅茶トークについていけない男3人は、黙って紅茶をすすった。が、伊月はほんの少しだけ顔をしかめた。あまり好きな味ではない。
「伊月様」
ポチャン、と何かを入れられ、スプーンを渡された。
「何これ?」
「角砂糖です。甘くなりますよ」
のっぺらぼうの奴には、お見通しだったようだ。スプーンで混ぜて再び飲んでみると、さっきよりも飲みやすくなっていた。
「ねぇ、他の人たちにもこんな風にしていたの?」
凛が聞いた。
「いえいえ、まさか。皆様だからですよ」
「私たちだから?」
「はい」
「何か、私が思っていたデスゲームと全然違うわ」
「それ思った。割とのほほんとしてるよな」
浩も頷く。突然ガチャ、と音がしたので振り返ると、4つ目のドアが開いていた。
「え?あれ?いいんだよね?脱出成功だよね?」
残念ながら結奈ではないようだった。見知らぬ男が出てきた。
「いいんだよー。ちょっとティータイムだっただけだから」
「えーっと…」
反応に困っている。
「とりあえず、お座りください。紅茶、飲みますか?」
「あ、うん。はい」
恐る恐る椅子に座ってはいるが、そわそわしていて落ち着かない様子。
「あと1人だねー」
「そうだな」
「早く来てほしいわね。さっさと次の部屋に進みたいもの」
「まぁまぁ、気長にお待ちください。どうせ時間はたくさんありますから。はい、紅茶です。どうぞ」
普通に会話をしていたら、見知らぬ男がガタン、と席を立った。
「いやいや待って。おかしいでしょ。何でこんな奴らと普通に話してんの?」
少し怒っているようにも見える。
「何でって言われてもねぇ?」
「えぇ。強いて言うなら、何か待遇いいし、私それほど嫌ってないから、かしらね」
「そもそも俺、脱出したばっかでどちらかというとあんた側なんだけど」
「いやだから、こいつら敵だろ⁉︎簡単に人殺せる奴らだぞ!」
「そうね。でもこの部屋でのゲームはクリアしてるわけだし、少なくともここで殺されることは無いと思うわ」
「あの、とりあえずさ、自己紹介してくれない?名前も何も知らない状態でキレられても」
すると男は黙った。
「あ、俺からした方がいい?」
「…いや、いい。そうだよな、名乗りもせずにあんたらにキレて悪かった。俺は
「俺は高村伊月」
「神崎凛」
「狩谷浩だ」
「俺も名乗った方がいい?」
「いやあんたはいい。どうせすぐ次の部屋に行くだろうし」
伊月がそう言うと、男は落ち込んでいた。
「とりあえず座ってよ」
「あぁ。それで、改めて言うけど、何でこんな奴らと会話してるんだ?」
「会話するのってそんなにおかしい?」
「殺されるかもしれないだろ」
「でも話すかどうかは自分で決めることだし、他人にとやかく言われる筋合いないと思うけど。海斗…さんが話したくないんだったら話さなければいいだけだし」
「それは…」
「どうせ短い付き合いなんだし、そんな気を張ってたっていいことないよ」
眉間にしわを寄せつつも、海斗は黙った。伊月の言っていることも、一理あるにはあるからだろう。
「ま、こういう反応が普通なんだけどねー」
「そうですねぇ。伊月様はともかく、凛様も普通に話してくださるとは思っておりませんでした」
凛もうんうんと頷きながら言う。
「そうね。私もあなたたちのこと警戒してたから。でも伊月のおかげ?いえ、せいでしょうね」
「まぁだって、何か平気だったもんだから」
「伊月、だっけ?君、変な人なんだな」
…何で会って間もない人に変人認定されているんだろう。
「あー、何か疲れた。自分1人だけビクビク警戒しててさ、アホらしくなってきた」
「そうそう。肩の力を抜いてさ、気楽に行こうよ」
「あんたが言うな。言っとくけど、別に信用した訳じゃないから」
海斗がものすごく棘のある声で言うが、男の方は一切響いていないように笑った。
「あはは、懐かれてない犬みたいだな」
「犬扱いはないわー、最低だぞ」
「えっ、ごめんなさい」
伊月と男のやりとりを聞いて、それでも海斗は眉間にしわを寄せている。
「…」
伊月から言えることは何もないので、とりあえず気付かないふりをすることにした。
「ねぇ、最後の部屋はあとどれくらいだと思う?」
男はモニターを眺め、少し考える。
「んー、もうそろそろだよ。多分ね」
そう言ったのとほぼ同時にドアが開いた。
「ね?」
にこりと男が笑った。
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