第41話

のっぺらぼうの奴が座ったので伊月も座る。

「とりあえず手当てしますね。左手、出してください」

「はい」

「だいぶ出血してますね」

「あー、そうみたい」

爪があったところからの出血のせいで、手が血まみれだった。ちなみにまだ痛い。いや当然か。

「では、まずは洗い流しましょうか。ちゃんと水も用意してありますから」

スッとバケツを出してくる。用意がいい。

「え、それは別にいいけど、流した水はどうするの?」

のっぺらぼうの奴はぶんぶんと首を振った。

「まさか、水をかけるわけがないでしょう。最終的に片付けるのは私なんですから、そんなめんどくさくなるようなことはしません。ガーゼを濡らして拭くんですよ」

なるほど。

「それってさぁ、また痛い?」

のっぺらぼうの奴がくすくす笑う。

「それは、怪我をする伊月様が悪いのでは?」

「えぇ、痛いのか…」

のっぺらぼうの奴が、濡らしたガーゼで乾き始めている血を拭う。思っていたよりも冷たくはない。乾いたガーゼでさらに拭かれた。

「爪が剥がされたところ拭きますよ」

「いやだ!それはやだ!」

のっぺらぼうの奴に掴まれている手を何とか振りほどこうとするが、がっしりと掴まれていてびくともしない。

「怪我する伊月様が悪いんですって。ほら、我慢してください」

声が少し弾んでいるように聞こえるのは気のせいだろうか。絶対に笑ってる。

「い、痛いって!もうちょっとゆっくり…!」

「痛いのは早く終わらせた方がいいでしょう?ほら、もう終わりますから」

のっぺらぼうの奴が言った通り、割とすぐに終わって絆創膏を貼られる。

「あれ、絆創膏じゃない方がいいですかね?」

「いや、もういいよ。大丈夫。ありがとう」

伊月はぶんぶんと首を振った。剥がされる方が痛いに決まってる。

「では、もう腕の包帯も変えちゃいますね」

「あ、はーい。お願いします」

腕の方の痛みにはだいぶ慣れてきた。血も止まっている。のっぺらぼうの奴が手際よく変えているのを見て、前に包帯を巻かれた時から疑問に思っていたことを聞いてみる。

「ねぇ、あんたって元々は何してたの?」

「元々、とは?」

「そんなお面つけてここで働く?でいいのか?まぁここに来る前の職業とか」

「職業、というものはありませんでしたよ。そうですねぇ、いわゆるフリーターというやつでしょうかね」

全く想像できない。

「えー、じゃあ何でそんなに手当て上手いの?」

「そうですか?そう言われると嬉しいですね。ですが、本を少し読んだくらいですよ」

「それにしては手慣れているように見えるんだけど」

のっぺらぼうの奴はくすくす笑い、

「それなりに年季も入っておりますからね」

「何歳なの…?」

のっぺらぼうの奴がスッと人差し指を本来なら口が描かれているであろう辺りに持っていき、

「秘密です」

と言った。美人なら様になったのかもしれないが、生憎とのっぺらぼうのお面をつけた男だからなぁ…。

「何ですかその目は」

「いや別に」

結局、年齢不詳か。男性だということしか分からない。それで十分なのかもしれないけど。

「伊月、手当て終わった?」

凛が、いつの間にか後ろに立っていた。

「うん、終わったよ」

絆創膏が貼られた手を見せると、凛は頷いた。

「それじゃあ、浩に話でも聞く?」

「どの部屋を選んだか、とか?」

「うん」

話を聞くことは別に構わないのだが、知らなくても大丈夫だとも思っている。まぁどうせ、浩のことだから聞かなくても話してきそうだけど。

「なぁ、食べ終わった?」

「終わったよー」

よっこらせ、と立ち上がって椅子に座った。

「浩、聞きたいことがあるんだけど…」

と凛が言いかけた途端に、

「なになに?もしかして選んだ部屋のこととか?もちろんいいよ」

と、浩がだいぶ食い気味に答える。

「え、うん」

凛が若干引いている。

「何の部屋を選んだんだ?」

「裏切り者の部屋だよ」

「選んだ理由とかあるの?」

「うーん、いや、特にないかな。なんとなく適当に選んだだけだし。謎解きに関しては無理だと思ったから選ばなかったし」

選んだ理由に関しては伊月と似たようなものだった。伊月もそうだったし、時間内に決められなかったから空いている所にしただけなので。

「鍵見つけた?」

「見つけたっていうか、ガラスケースの中に並べられてたかな」

「え、何個?」

「そりゃ、3個だけど」

伊月はちらりと男の方を見た。男は肩をすくめる。3個の鍵のうち、2個は偽物だったってことかな?浩は運よく正解の鍵を選べた感じか?

「ガラスケースには鍵ってかけられてたの?」

凛が聞く。

「いや、普通に開いたよ」

「それなら、どうしてこんなに時間がかかったの?」

「あー、それがな、そのガラスケース変でさ。ガラスって普通は線とか入ってないじゃん?でもガラスケースにはいっぱいあって、しかもちょっとしか動かなかったんだよ」

凛と2人して首を傾げた。説明がよく分からない。

「んー、説明難しいんだよ。まぁ、からくり箱のガラスケース版みたいに思ってくれればいいかな」

ガラスでからくり箱を作れる技術の方に驚いた。

「開けれたのね」

「まぁそうかな。ほんっとに難しくて時間かかっちゃったんだけど」

「3つの鍵のうち、どれが本物か分かったの?」

「いや、全然。ヒントはあったからヒント見た」

浩の返答に、伊月はほんの少しだけ目を細めた。ヒント、ねぇ。今のところ、“裏切り者”という言葉と関係してるようには思えないが、裏切るようなことでもしたのだろうか?それに、と伊月は少し考え込んだ。4つ目のルールのこと、知っているのか?

「で、ヒントで本物分かったのが俺だけだったから、俺が1番最初に出てきたってわけ」

凛が衝撃を受けたような顔をした。

「え、浩…」

「何だよ」

「あんなに頭使ってこなかったあなたがヒントを…?」

言いたいことは分かるが、どストレートだな。浩も思わず苦笑してしまっていた。

「凛、酷くねーか?そりゃ俺だって使わなきゃいけない時は使いますよ」

「質問コーナー、そろそろ終了でいい?」

男が突然そう言った。

「どうして?まぁ、聞きたいことは聞けたし別に構わないわ」

「あ、じゃあ最後に1個質問」

伊月はパッと手を挙げた。

「何?」

「結奈っていた?」

「いや、いなかったよ」

「そうか。うん、オッケー」

なら、結奈は正直者の部屋かゴミ屋敷の部屋を選んだのか。ということは、もしかしたら結奈も次の部屋に進めるかもな。それだと、最初のグループ内では3人もしくは4人が生き残っていることになるのか。

「もう終了でいいね?」

その言葉に、伊月も凛も頷いた。でも、どうして終了させたがるんだろうか。

「俺からじゃないんだけど、あの、のっぺらぼうのお面した人から怪我してないか聞けって言われてさ。伊月はもう手当てしてもらってたけど」

そういえば、いつの間にかのっぺらぼうの奴はいなくなっていた。

「自分で聞けばいいのに」

「俺も思ったよ。ついさっきまであそこにいたんだからねぇ。で、怪我は?」

「してない」

「ちょっと手を切ったけど、怪我っていうほどじゃないから大丈夫だと思うぞ」

「分かった。じゃ、とりあえず手当てはいらないね」

今度はスマホをポケットから取り出していた。

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