第40話
「30は長いから、今度は15にしないか?」
「いいよ、そうしようか」
スッと手を出した。男も出す。最初はグー、とじゃんけんをする。今度も、男が勝った。
「じゃあ、んー、1」
「2」
「3、4」
「5、6」
「…7…。あー、そうか…」
男は気付いたようで、やってしまった、と額を押さえていた。
「8、9、10」
「11」
「12、13、14」
「…うわー、えー?」
「そんな顔もするんだ」
伊月が笑った。男の表情を見て、心底楽しげに。凛は少し怖くなった。この状況で笑うか?小指からだって、まだ血が出ている。痛いはずだろう。なのに。
「あーあ」
男は苦笑する。
「ほら、早く言いなよ?」
「それ、さっきの仕返し?」
「まーね」
伊月の口が弧を描いた。つい先程までの笑顔とはまた違う、勝者の笑み。
「…15」
「はい、俺の勝ち」
「えー、負けたー。先攻だったのになー」
「もったいないことしてたよね」
このゲームは先攻でなければ勝てないというのに。ま、勝てたからいいんだけど。
「イェーイ」
「もー、ムカつくからそーいうのやめてよねー」
さっきまでの緊張感は消え失せ、目の前の2人は楽しげに会話をしている。凛は、そんな2人についていけなかった。凛の中ではまだ、恐怖が消えていないというのに。でも、伊月が勝った。そのことにはホッとした。
「伊月、指は?」
「痛いに決まってんじゃん。まだ血だって出てるし」
「あ、うん。そうだよね」
昨日と同じように、のっぺらぼうの奴がワゴンを押してくる。
「ゲームは終わりましたか?」
「終わったよー」
「では、お昼ご飯にしましょうか」
お皿をきれいに並べ終わり、のっぺらぼうの奴も席についた。
「伊月様、それは食べ終わった後でもよろしいですか?」
「それって?あぁ、小指のことか。うん、全然いいよ」
のっぺらぼうの奴は頷いた。
「いただきまーす」
「はい。どうぞ」
声からしてにこにこしているのが分かる。本当に母親みたいだ。
「あ、そうだ。情報ちょーだいよ」
「そうだったね。いいよ」
またしても引き出しから何かを取り出す男。
「何それ、ファイル?」
「そうそう。で、次の部屋の主についてなんだけど」
伊月は、ふと気になったことを小声で聞いてみた。
「なぁ、のっぺらぼうの奴いるけどいいの?」
「あっ…」
男がヤバい、という顔をした。
「まあ今さらか。いいよいいよ、後で死ぬほど謝っとくし」
言いながら、ファイルから紙を1枚取り出す。
「あんまり関わりないから詳しいことは言えないけど、この紙に書いてあることによるとかなりのビビリらしいよ」
「ビビリ?そんなんでよく部屋の主出来るな」
「だよねー。俺もそう思う」
「で、他には?」
「えーっと、ゲームはめちゃくちゃ強いね。今のところ…ん?え、ええとこれはどういうことだろう…?」
「何、どうしたの?」
男がものすごく戸惑っている。
「いや、何かね…。ゲームで負けても大丈夫っぽいんだよ」
「どうして?」
「んーと、あいつが気に入ったらオッケーらしい」
「…?よく分からないけど、とりあえず気に入られればいいってこと?」
「そーいうこと。例外ってことかな」
とりあえずどんな奴かによるんだよなぁ。まぁそれも、ここに5人揃ってからなんだけど。
「ごちそうさまでした」
「えっ、凛食べるの速っ」
「しゃべってるからでしょ」
「ごもっとも」
のっぺらぼうの奴も席を立った。
「では、私も伊月様の手当ての用意をしてきますね」
残った男と2人して、伊月は黙々と昼食を食べる。
「ごちそうさまでしたー」
「えー、伊月も?俺1人で食べるの?」
「何言ってんだよ。俺らがここ来るまでは1人だったんじゃないのかよ」
「…」
図星か。
「どうしようかな、暇だなー」
そう言いながら席を立とうとすると、男に止められた。
「待って待って。話し相手になってよ。誰かと話すの久しぶりだったから、たくさん話したいんだよ」
思わず半目になって男をじーっと見てしまった。
「な、何だよ」
伊月はわざとらしく深いため息をつきながら、席に座った。
「え、いいの?やった」
「いいから早く食べてよ」
「分かってるって」
何が悲しくて男が食べてるのを眺めていなければならないのか。
「そんな不機嫌そうな顔しないでよ〜」
「うるさい」
言い争いをしていたら、3つ目のドアが開いた。出てきたのは浩。
「よっ。伊月」
「あぁ、浩」
「あぁ、って何だよ。あからさまにげんなりした顔して」
浩に言われて、あわてて顔を戻した。
「いやちょっと…」
めんどくさいのが増えた、なんて言うと余計めんどくさくなるので、なんとか言葉を飲み込む。
「伊月様」
のっぺらぼうの奴が薬箱を持って現れる。なんてちょうどいいところに!
「あー、じゃあ浩、こいつの相手してやって。俺は手当してもらうから。じゃ」
それだけ言って、ものすごいスピードでのっぺらぼうの奴のところへ行った。男と浩が文句を言いたげな顔をしていたが、気付かなかったふりをしよう。
「えーっと、よろしかったのですか?」
「あー、もう全然いいの。むしろ助かった」
「どうしてです?」
「別に仲が良い訳でもないし、仲良くしたいと思ってる訳でもないから、何話したらいいか分かんなくて」
「そうですか。それにしても、ここから見ると、どちらも困ってるように見えますね」
確かに、とりあえず座ったはいいものの、気まずい空気が流れているようだ。けど知ったこっちゃない。俺は知らない知らない。
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