第39話

「そうだなー、どんなゲームにしようか?」

「決めてなかったの?」

「うん、実はそうなんだよねー」

伊月は少し考える。運ではなく勝てるゲームをしたい。

「じゃあさ、30を言ったら負けってやつやらない?」

「お、いいね。道具とかも必要ないし」

「どっちが先攻?」

「じゃんけんで決めようか」

最初はグー、とじゃんけんをする。結果は、伊月がチョキで男はグー。

「お?勝った。俺からね。そうだなー、じゃあとりあえず1」

ルールは簡単。お互いに3つまで数を数えられ、30を言ってしまったら負け。時間もかからない。

「2」

「えーと、3、4、5」

「…6、7」

「8、9」

「10、11、12」

「13」

「……」

「伊月、どうしたの?」

黙った伊月に、笑いながら男が聞いてくる。

「いや、何でもない。14」

「15、16、17」

やばい、よな。

「18、19」

「20、21」

はぁー、と伊月は大きくため息をついた。これは負ける。

「ほらほら、早く」

男は急かすように言ってきた。

「22」

「23、24、25」

「…26」

「27、28、29!」

「……」

「早く言いなよ、ね?」

「…30」

「残念!伊月、負けちゃったねぇ」

満面の笑み。とてもとてもうれしそうな。

「知ってたの?」

何を、とは言わないが、男は頷いた。

「割と有名じゃん?聞いたことあったんだよねー。ま、どうして勝てるのかはよく分かんないけど」

はぁー、と、伊月はまた深くため息をつく。このゲームには必勝法があった。そしてそれは、必勝法を知っている者同士である場合には先攻後攻で勝負が決まってしまうものだった。

「じゃあほら、手、出して?」

男はいつの間にかペンチを持っている。

「ちょっと待って」

「何で?」

「心の準備させてくれ」

「あぁ、いいよ」

まさか知っていたとは。だけど、じゃんけんで勝っていれば勝てたのに。あぁ、怖いな。爪剥がされるんだから当然だけど。

「伊月…」

凛が不安そうな顔で伊月の名前を呼ぶ。ハッと我に返って、伊月は大きく深呼吸をした。何度も、ゆっくりと。そんなことしたって、落ち着くわけがないというのに。むしろ心臓はどんどん大きな音を立てていくだけだ。

「いい?」

「…うん」

全くもって良くはない。けど覚悟を決めるためにパン、と両手で自分の頬を叩いた。そして手を出す。男が伊月の手首を握る。ペンチが小指を挟んだのを理解した途端に、息が荒くなっていった。ドクドクと音を立てて心臓が鳴る。

「いくよ」

男の声はとても落ち着いている。伊月はギュッと目をつぶった。返事は出来なくて黙ったまま。男が一気にペンチを引いた。ベリ、と音がした後に、痛みがくる。

「う、わああああ…!」

喉の奥の方から悲鳴が込み上げてくる。痛い。痛い痛い痛い。涙が滲んで、視界が歪んだ。伊月は小指を抑えて俯く。

「伊月…」

凛は大丈夫か、という言葉を飲み込む。大丈夫なわけがないのだから。

「残念だけど、情報はあげられないね」

男はやはり笑ったまま。俯いたままの伊月の表情は分からない。黙り込んでいる。

「痛いよね。指先って、神経いっぱい集まっているし」

優しく声をかけながら、男は伊月の頭をなでる。爪を剥がした本人が、だ。どうしてこんなことしてるんだろう。どうしてこんな痛い思いをしなきゃならない?分からない。あぁ、本当に意味が分からない。

「あぁ…痛い」

自分で思っていたよりも冷めた、感情のない声が出た。男は伊月の頭をなでるのを既にやめている。伊月はスッと顔を上げた。つ、と涙が頬をつたったが、そんなことも気にせずに続ける。

「もう1回」

その発言に、男は動きを止め、凛は驚く。そして、伊月の表情に思わずドキリとした。見惚れてしまった。綺麗だと思った。けど、すぐに我に返って伊月に言う。

「ちょっと伊月?何を言ってるの?」

「ゲームが1回だけなんて言われてない」

「いや、そうじゃなくて…!」

凛が言いたいことは分かる。まだやるのか、そう言いたいのだろう。

「俺は別に構わないけど。もしもう1回するなら、今度は薬指だよ?」

「あぁ。それでいいよ」

耳の奥で心臓がドクドクと鳴っている。痛みで小指も同じように脈打ってるのが分かる。

「待ってよ伊月。こういう時ってさ…」

「痛みで思考力が鈍ってる、そう言いたいの?」

被せて言われ、凛は言いかけた言葉を止めた。伊月の目が、冷静そのものだったこともある。むしろ1回目よりも。恐怖すら見えない。

「大丈夫だよ、凛。もう大丈夫」

伊月が少しだけ微笑むが、目は少しも笑っていない。そんな表情に不安を覚えるが、凛は伊月の言葉を信じる他なかった。

「…分かったわよ。でも、お願いだから無理しないで」

伊月は頷く。

「それじゃあ、もう1回ね」

男がペンチをしまいながら言った。

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