第38話

リンゴーン、という音で伊月は目を覚ます。

「あ、おはよう。伊月」

「あー、うん。おはようございます…」

男と凛はもう起きていた。

「伊月、朝ご飯は?」

「えー、んー、いらないかなぁ…」

ふわぁ、と大きくあくびをすると、男に笑われた。

「伊月ってもしかして朝、めちゃくちゃ弱いのか?」

「そうだね…うん、そうだと思う…」

寝ぼけ眼で椅子に座った。その状態でうつらうつらし始めると凛が、パン、と伊月の目の前で大きく手を叩いた。

「うわっ…?」

「起きたんなら頑張って起きてなさいよ」

「あー、はい、ごめんなさい…」

「凛、伊月のお姉さんみたいだな」

また男に笑われた。でも、目が覚めないものはしょうがないと思う。

「何してるの?」

「特に何もしてないわ。することないし、ゲームは飽きたし」

「そうですか」

本当にすることがなく、ただ座っていたら、だんだんと目が覚めてきた。

「ねぇねぇ2人とも」

「「何」」

「声揃えなくてもいいじゃんか…」

「揃っちゃったんだもの、しょうがないじゃない」

「で、何だよ」

「いやー、何か気まずくない?」

「別に」

「うん、私も特には」

「そーですか。じゃあ俺が気まずいから何か話しない?」

「何の話するの?」

「君らのことを知りたくて」

男からの質問に、伊月も凛も素直に答える。ただ、時々される質問に違和感を抱くこともあった。やはり男の頭のネジは何本かぶっ飛んでるようだ。しかしまぁ、ずいぶんと平和である。もっとこう、殺伐としているのではないかと予想していたのだが、今のところそれは全くない。それどころか、なぜか敵であるはずの部屋の主と一緒にゲームまでしてしまった。

「なーに、伊月」

「え?何が?」

「こんなことしてていいのか、みたいな顔して」

「…エスパー?」

「いやいや、これ俺の特技」

どんな特技だよ。

「それじゃあ伊月君、ゲームしようか」

「また?」

「ただのゲームじゃないさ。次の部屋の主について、とかどう?」

伊月はもちろん、凛も反応した。

「それ、俺たちに言っていい情報なわけ?」

あはは、と楽しげに男は笑う。

「ま、当然ダメに決まってるよね。バレたら俺、殺されちゃうかも」

笑いながら言うことではない。

「だから、それなりのものを賭けてもらう。こっちは自分の命を賭けてるようなものだからね」

「そんなの、参加するわけないじゃない」

凛の言葉に、男は少しつまらなそうな顔をする。

「ふーん、まぁ凛はそうだろうね。だから普通なんだよ。それがちょっと羨ましく思えることもあるけど」

「どういう意味よ?」

「褒め言葉として受け取っといて。で、伊月は?あ、安心して。もちろん命を賭けろ、なんて言わないからさ」

伊月は考え込んだ。次の部屋の情報は、あるに越したことはない。問題は、何を賭けるかだ。命ではなくとも、腕とか足とかだって大事だ。

「賭けるものによる」

「あー、そうだよね。伊月、利き手はどっち?」

「右」

「じゃあそうだなー。うん、決めた。左手の小指の爪とかどう?」

「痛いじゃん」

「そんなの当然だろー。むしろ感謝してほしいくらいなんだからな!爪1枚で済むんだから」

それに、と男は笑う。

「デスゲームっぽいでしょ?」

「いや別に、デスゲームっぽさを求めてた訳じゃないんだけど」

のんびり過ごすのも全然悪くない。というかそっちの方がうれしい。

「で、どうするの?」

「ゲームによる」

「残念だけど、先にゲームの内容は言えないかな」

「えー、そうか…。ねぇ、爪って、また生えてくるよね…?」

「それはもちろん。断言できるよ、大丈夫」

なぜ断言できるのか。

「前に爪剥がされた奴の手、見たことあるけど、ちゃんと生えてきてたから」

あー、そういうね。

「あんたが剥がしたのか?」

「違うよー。俺そんなことしないって」

「信じられないんだけど」

「そればっかりは信じてもらうしかないなぁ」

伊月は考える。爪ならいいか?また生えてくるらしいし、利き手じゃないし、小指だし。まぁ痛いは痛いのだろうけど。

「…やる。情報はほしいし」

男が満面の笑みを浮かべた。

「オッケーオッケー。じゃあゲームしよっか!」

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