第37話
伊月はそのまま、何も言わずに凛と男に背を向けて床に座った。凛がどうしたらいいんだろう、とおろおろしているのは何となく気付いたが、だからといって何でもないと笑って誤魔化せる気分でもない。男に言われたことを考えようとするけど、頭の中ではまだ怒っている自分がいるので冷静に考えられなかった。どうしてこんなにイライラするのだろう?男のことは、別に嫌いなわけじゃない。むしろ前の部屋の女よりも好感が持てる。なのになぜ?
「伊月様」
「え、あっはい」
いつの間にかのっぺらぼうの奴が隣にいた。
「包帯を取り替えに参りました」
手には救急箱を持っている。
「あ、それはどうも…」
手際よく包帯を取り替えながら、のっぺらぼうの奴は話しかけてきた。
「彼の話は、気にしなくて良いと思いますよ」
「どうして?」
聞き返すと、お面の下で笑ったような気がした。
「伊月様は、彼ら部屋の主とも、プレイヤーの皆様とも違いますから」
「それはどういう…?」
「彼の言ったことは、あながち間違いではありません。それは伊月様も否定しませんでした」
「……」
「“フリ”は上手くできてるみたいですね?」
少し目を見開いて、そして伊月は笑う。
「そうかな?これも本心だけど」
ぽん、と巻き直した包帯を軽く叩いてのっぺらぼうの奴は言った。
「そうでしょうね。それで構いませんよ。では、終わりましたので私はこれで」
「ありがとう」
きっと、部屋の主である男は気付いた。だから笑った。そうか。そうだな。それなら気にしなくていいか。
「ねぇ」
「何?」
「結局、布団貸してくれないのか?」
今の今まですっかり忘れていたようで、
「あぁ!そうだった!」
と男が言った。
「でも出すのめんどいからそっちでゲームでもしてて」
男が指差した先には、確かにテレビがある。
「何でもあるな、ここ」
「便利だろー?だから…」
じろ、と見ると、
「俺が悪うございました。もう言いません、ごめんなさい」
と言われた。
「主従関係ある感じ…?」
と凛が呟くのが聞こえた。テレビはなぜか点いた。電波届くんだ、ここ。まずそのことに驚く。そんでテレビの隣にずらりと並べられたゲーム機とカセット。割と最近に発売されたものまである。
「セーブデータあるけど、続きからやっていいの?」
「はぁ?ダメダメ!ダメに決まってんだろ!」
ものすごい剣幕で怒られた。
「えー、最初からってめんどくさいんだよなぁ」
「めんどくさくてもやるんだよ。ズルはなしだからな!」
「はーい…」
それからしばらく黙って1人でゲームをしていると、トランプをし終えた凛と男が後ろからのぞきこんできた。
「何?」
ゲームをしながら聞いてみる。
「いやちょっとレベルが違いすぎて…」
「伊月ってゲームも上手いのね…」
「あのー、何で割とショックそうに言うのかな?」
凛はともかく男の方はなぜかショックを受けている。
「5年引きこもりであるはずの俺がこんな普通の高校生に負けるなんて…!」
「そこ自慢するとこじゃないだろ」
「あれじゃない?ゲームの才能あるんだよ、きっと」
「凛ひどい!まるで俺にはゲームの才能がないみたいな言い方!」
「いや、別にそんなつもりないんだけど」
結局3人並んでゲームをすることになった。伊月は強すぎるから、とものすごくハンデを背負わされているのだが、2人だって普通に上手い。
「上手いじゃん」
「タイマンでやったら間違いなく俺は瞬殺される!」
宣言しなくても…。
「それは思った。だから伊月はハンデ絶対つけてよね」
「酷い」
いろんな種類のゲームがあったので、3人でできるものを選んでたくさん遊んだ。
「こうしてると、本当にただの友達みたいだな」
「緊張感0だしね」
「いいんじゃない?こういうのがあってもさ。俺は2人と遊べて楽しいし」
ゲームしながらにこにこ笑っている男を見ると、ただのゲームが好きな奴に見える。殺人鬼には絶対に見えない。でも頭のネジぶっ飛んでんだよな。
「…人は見かけによらないな」
「何だよ急に。どうした?」
伊月は首を振る。
「そう思っただけ」
男は不思議そうに伊月を見て、だけどすぐにゲームに熱中し始めた。
「ねぇ、次の人まだ来ないのかしら?」
ポーズ画面が表示される。
「あー、そうだな。今日はもうクリア者出ないかも」
モニターの方を見て男が言った。
「何で分かるの?」
「そりゃ5年もここの主してますし?部屋から脱出できそうかどうかくらいなら分かりますよ」
「じゃあその5年も部屋の主をしてる人に聞きますけど、この脱出ゲームが終わるのっていつくらいになりそう?」
「んー、ちょっとズレたりするかもだけど…」
真剣に考え始めた、かと思ったら、
「分かんないけど、全然何の保証もないけどね?多分だからね?」
と何度も念押ししてきた。
「はいはい。で?」
「明日の…16時くらいかな。そこ過ぎたら3日目突入」
うれしくない予想だな。嘘でもいいから今日で終わるって言ってほしい。いや嘘だったら怒るか。主に凛がものすごい剣幕で。
「暇ね。ずっとゲームするわけにもいかないし」
「え、いいじゃんゲーム。とても素晴らしい暇つぶしだよ?」
「飽きないの?」
男が自慢げにカセットの束をぽんぽん叩いて言う。
「こんだけ種類あれば飽きないでしょ」
「そうかな?」
「飽きる時は飽きるよ」
だよねぇ、と凛が頷く。
「こんなに遊んでていいの?」
「いいのいいの。俺は楽しいしうれしいから。もっとつまんないと思ってたし」
「つまんない?」
「うん。部屋の主である俺なんかと一緒にゲームしてくれるし、話もしてくれる」
男は少し寂しそうな顔をした。
「普通は俺らのことを嫌ってるから、さ。こんなことないんだよね」
だけどすぐにいつもの顔に戻る。
「もっともっと遊ぼーぜ。どうせ、2人と一緒に遊べるのなんて最初で最後なんだから」
に、と笑った。
「あんたに悲しいとかって感情あったんだ」
「酷くない?俺だって普通に人間よ?」
伊月も凛も笑う。最初で最後。それは、間違いないから。
壁にかかっていた時計が21時を知らせる。
「1日目終了だね」
男がそう言って、リモコンを操作する。リンゴーン、と放送が流れた。
『脱出ゲーム、1日目は終了となります。これより鍵を探す行為はルール違反と見なしますのでご注意ください』
「じゃ、2人もそこら辺で寝ていいよ。俺は部屋に戻るから」
そう言って、男はドアの向こうへ消えた。のっぺらぼうの奴もすっと立ち上がる。
「では、私も自室に戻るとしましょうかね。伊月様、凛様、また明日お会いしましょう」
伊月と凛は頷いた。のっぺらぼうの奴が部屋を出ていってすぐに、部屋が暗くなる。ただ、モニターはついたままなので真っ暗になることはなかった。伊月と凛は、それぞれに部屋の隅へ行き、寝っ転がる。凛の寝息が聞こえ始めたのを聞き、伊月も眠りに落ちた。
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