第36話
「暇だなぁ」
伊月は思わず呟いた。
「なら一緒にトランプやる?」
「ううん、やらない」
「あ、そう」
凛は約束通り、昼ごはんの後に男とトランプをしまくっている。伊月は何もせずにそれを眺めている状態だ。ちなみにのっぺらぼうの奴はというと、お皿を片付けてくると言ってどっかに行った。
「えー、冷たい」
本当にどうしようか。もうこのままだと寝るしかなくなる。…いや待てよ?寝ればいいのか?寝ていいのか!ゲームクリアしてるし、することなくて暇だし、いいよな。
「ねー、布団ある?」
そう聞くと、男はぴたりと止まった。目の前で手を振ってみる。
「どうしたんだ?」
「さぁ?伊月があんまりにもおかしなこと言うからフリーズしちゃったんじゃない?」
「俺、そんなにおかしなこと言ったっけ?」
「…布団はある」
「お、反応した。布団あるなら貸してくんない?」
「その前に、伊月」
「何?」
「1日中だらだらして過ごしたいか?」
何だ?急に。
「そりゃまぁ、そんなことしてていいんなら」
「俺なら実現してやれるぞ」
「部屋の主ならやらないからな」
その言葉に、男は思いっきりがくりと肩を落とした。
「何で分かるんだよ…」
「あんたが部屋の主になった経緯とまるで一緒だったじゃないか」
「だってさぁ、伊月も引きこもりの素質あると思うぞ?俺よりも」
何もうれしくない。これっぽっちも。
「こんなのをゲームとして認めてる訳じゃないが、もしゲームをするんなら俺はプレイヤーの方がいい」
「何で?」
「そっちの方が楽しくない?見てるだけとかつまんないじゃん」
「えぇー。やっとこの場所からおさらばできると思ったのに〜」
そう思うんなら最初からやるなんて言わなければよかったじゃん、とは言わないでおいた。
「ずっと気になっていたけど、部屋の主が入れ替わることがあるのは分かった。でもそれなら前の部屋の主ってどうなったの?」
それは伊月も考えていた。本当に無事に外に出られるのか?
「楽しそうだよ全く。時々手紙は届くし電話してくるし、ゲームでオンライン対戦させられるし」
老人だと聞いていたんだけどな。なかなかに元気な老人のようだ。
「でもそれって本人だとは分からなくない?全部ネットとかだもの。別人がなりすますとか簡単そうだけど」
「それが顔見せろって言ってきてさぁ。ビデオ通話とかするんだよ?俺はお前の孫じゃねぇっての」
「あぁ、なるほど」
「外の世界は楽しいぞーって自慢してくんの!俺だって行きたいわ!」
「詳しく聞いたりした?」
「したした。俺に部屋の主任せた後に、のっぺらぼうの人から連絡が来て、目隠しして連れてってもらったんだってさ」
普通に外に出してもらえるのか。それは不思議だった。人殺しのゲームをしていると警察に言われる心配とかしないのか?
「もし仮にここから出られたとして、警察に言ったりとかは?」
凛が聞いた。
「しないしない」
にこにこ笑って男が答える。
「だって、自分がどこにいたのかも分からないんだぜ?言ったって実際に行われている所を発見できなければ警察だって動きようがないでしょ。むしろ俺が虚偽の証言したって疑われるだけ。そんなの冗談じゃないね」
それに、と、男は続ける。
「俺は別に人を殺したことについて罪悪感は0だし、自分が生きてりゃそれでOKだから」
納得した。心配なんてする必要がないのだ。部屋の主となる人間は全員異常なんだから。今まで会った部屋の主3人の中で1番まともなのは間違いなくこいつなのだろうが、それでも普通の人ならあるはずの常識がない、もしくは理解できないタイプ。頭の大事なネジが何本かぶっ飛んでる奴らが選ばれてるってことか。1人納得したように頷いていたら、男に、
「何か失礼なこと考えてない?」
と言われた。
「まさか。改めて再認識してただけだよ」
「どう再認識したんだ?」
「俺らとは違うって」
男が目を細める。
「俺ら、ねぇ」
「何?」
「凛はともかく、伊月は俺と似てると思うんだけどな」
そんなことないと思う。常識とかあるし。
「伊月だって思ったことあるでしょ?自分が生きてればそれでいいって」
凛が反応した。確かに、前の部屋で伊月はそう言った。
「…だから?」
「伊月は他人の生き死にに関心ないんだよ。まぁつまり、誰がどこで死のうが、それが例え自分の目の前だろうがどうでもいい、そう考えてる」
「それは違う」
「そう思ってるだけだ」
「何で言い切れる?」
「会話が成立するから」
何それ。
「意味分かんない」
「価値観が違う奴と話しても噛み合わない。でも伊月はそんなことないんだよねぇ。凛と話している時は、あぁこいつは普通だなって思うんだけどさ。伊月とは自然体で普通に話せる」
そんなことない。そんなことないはずだ。伊月は深くため息をついた。
「どうしてあんたらはそう言うんだろうな?」
「何を?」
「俺のことを仲間だとか普通じゃないとか。みんなして同じことを言ってくる。俺からしたら全員違うんだけど」
男は面白そうに笑った。
「どう違う?」
「前の2つの部屋の主たちは殺すことを楽しんでるように思った。殺すことが楽しい奴と、殺される瞬間の人間を見るのが好きな奴」
「悪趣味だね」
「で、あんたは別にそういうわけじゃない」
「そうだね。殺すとかめんどくさいし、片付け大変そうじゃん?」
ズレている。凛も伊月もそう思った。普通ならそもそも人を殺そうという発想をしないだろう。
「あんたは自分で言っていた通り、他人の生き死にに興味がないだけ。だからめんどくさいって思えるし、罪悪感もない」
男は頷く。
「そうだね、大正解」
「全員違う。俺にはそう見える。その上であんたらとも違う」
「そうかな?伊月も、自分にとって邪魔だと思ったらあっさり殺しそうだけど」
「そんなことしない」
「めんどくさいから?」
「だから違うって!」
伊月が怒っているのに気付いたからか、男が肩をすくめた。
「まぁいいや。自分を偽っていても自分の首を絞めるだけだよ?」
「…」
何も言わない伊月を見て、男は驚くほど優しく笑った。
「あぁ、なるほど。ごめんごめん。でもこれだけは言わせて?」
何を言うのだろうか。
「世界の“普通”というものさしで俺らを、君らを測った時、伊月は間違いなく俺らの方に近いよ」
「……」
「さて凛。お待たせしました。はいどうぞー」
「あ、うん…」
2人の言い争いを呆気に取られていた凛だったが、はっと我に返る。何も言わない伊月をちらりと見て、だけど何と言ったらいいか分からず、凛は声をかけられなかった。
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