第35話
凛は、自分が選んだ部屋でのことを思い出した。
「私が選んだのは謎解きの部屋。伊月には言ったけど、私何回も謎解きしたことあるから割と有利なんじゃないかと思って」
実際、難易度的には簡単だった。脱出ゲームをたくさんクリアしまくっていたことは妹に感謝しよう。
「で、普通に謎を解いて鍵見つけて脱出したと?」
「うん」
割と時間がかかってしまったのは、待たなければ解けないものもあったからだ。
「伊月こそ、ずいぶんと速かったのね?」
「あぁ、うん、まぁ…」
歯切れの悪い返事。伊月の顔が少し曇った気がする。
「どうかしたの?」
「いや、ちょっといろいろあって」
「そうなんだ」
気のせいじゃない。間違いなく伊月の顔がどんどん暗くなっている。本当にどうしたのだろう。
「あ、そういえば」
伊月が凛の方を見る。
「謎解きの部屋、梓も一緒だったわ」
「そうなのか?何か梓が謎解きの部屋選ぶの意外かも」
「確かに」
2人で少し笑った。
「俺は透と一緒だった」
「そうなのね」
2人の会話を黙って聞いている男はなぜかにこにこと笑っている。
「伊月はどの部屋を選んだの?」
「…嘘つきの部屋」
「鍵見つけれたんだ」
「いや、見つけてないよ」
伊月が首を振る。
「え、だって鍵がなければ脱出できないでしょ?」
「そんなことはない」
男が隣から口を挟む。
「ま、嘘つきの部屋が例外だっただけなんだけど」
「じゃあどうやって?」
「それは…」
「お昼ご飯の後!」
伊月の言葉を遮って男が言ったと同時に、のっぺらぼうの人がワゴンを押しながら歩いてきた。
「全く、皆様ほんとにいいご身分ですね」
わざとつんとした口調で言ってきた。
「私だってお腹空いているのですけど。というかあなたには前にも言ったことあるじゃないですか、ここまで食事を運ぶのは私の仕事には含まれないと」
あなた、というのは部屋の主である男のことだろう。名前で呼ばないのだろうか。
「えー、いいじゃないすか。結局は運んできてくれるんですから」
のっぺらぼうの人が深いため息をついた。
「私も甘いですよねぇ。いくら頼まれたからといって運んできてしまうなんて」
「何でもいいけど、早く食べたい」
伊月が思わず、といった様子で言った。お腹に手をあてて続ける。
「お腹鳴りそうなんだけど」
「これは失礼しました。どうぞ」
さすがは執事の格好をしてるだけある、のか?あっという間に、手際よくお皿を並べていった。
「え、と何で座ってるのかしら?」
思わず言ったが、あまりにも自然に凛の隣に座るものだから反応が遅れた。のっぺらぼうの人はきょとんとした様子で、
「私もお腹空いたんですよ」
と言う。
「うん、それはさっき聞いた」
「1人で食べるのも飽きたので、一緒に食べようかと」
ちゃっかり自分の分も用意してある。
「あ、そう…。別にいいけど」
「「いただきまーす」」
男と伊月が声をそろえて言う。
「合わせてこないでよ」
「別に合わせた訳じゃねーもん」
いただきますの声がそろってしまっただけで言い争いが始まった。
「こら、お2人とも。食事は静かに食べるのがマナーですよ」
こちらはこちらで母親か、とツッコみたくなる言動。とりあえず凛もいただきます、と呟いて食べ始めた。なぜかこんな状況なのに和気あいあい?としていた。普通の日常生活の中の、どこかのレストランで友達と夕食を食べているみたいな。
「ふふ」
「何笑ってるんだ?凛」
伊月が首を傾げる。
「あ、いや、ちょっと自分で想像したことがおかしくって」
「へぇ、何を想像したんだ?」
男も聞いてくる。
「まるで、どこかのレストランで友達同士で食事してるみたいだなって」
そう言うと、伊月は納得したように頷いた。
「それはあるかもしれない。ま、こんな面子でとか怪しすぎるけど」
そう、そのことに凛は笑ってしまったのだ。だって、高校生2人に執事の格好をしたのっぺらぼうのお面を被っている人に、全身白い服を着た成人男性。謎すぎるにも程がある。のっぺらぼうの人とか間違いなく職質されるレベルだろう。というか、お面したままなのに食べている。一体どうなっているのだろうか?
「いいじゃないですか。こんなことは初めてですよ?ほとんどのプレイヤーの皆様は私たちのことを嫌っていますし、こんな風に一緒に食事をするなどありえませんでしたから。あぁでも、1人だけは違いましたけど」
まぁ、それはそうだろう。凛自身なんでこんなことしてるんだろうと疑問に思っている所だ。まず間違いなく伊月のおかげではあるが。
「ごちそうさま」
「食べるの速いね、凛」
「そう?伊月も食べ終わりそうじゃない」
「あー、まぁうん」
「食べ終わったんなら聞いてもいいかしら?」
伊月がきょとんとしている。
「嘘つきの部屋からどうやって脱出したか、だろ?」
男がまた口を挟んでくる。
「あぁ、そうだった」
伊月の表情がまた暗くなる。だけど、それでも教えてくれた。
「あの部屋、もともと鍵なんてかかってなかったんだ。だから鍵を探す必要もない。普通にドア開けただけ」
「どうしてそんなことが分かったの?」
「嘘つきの部屋なら、嘘つきがいるはずだろ?でも部屋に入ってそれらしい人はいなかったんだ。だから部屋でのルール説明の時の人が嘘つきなのかなって。嘘つきが言ったことを全部嘘だと考えると、必然的に鍵は必要ないって結論に辿り着く」
「なるほど」
さすが、と言うべきか。常に冷静で客観的に物事を考えられる。素晴らしい才能だと思った。でも、それだけなら暗い表情をする必要はないと思うのに。
「ところで」
伊月が話題を変えた。
「まだ脱出できてない人たちのお昼ご飯ってどんな感じなの?」
「ハンバーガーとかおにぎりとかかな。事前の準備が簡単だし、たくさん作れるし」
男はモニターを指差す。
「ほら、あんな感じ」
映し出されているのは3部屋のみ。2つは凛と伊月がクリアしているため、クリア済み、と表示されていた。そのモニターを眺めていた伊月がごくりと唾を飲み込む。
「おいしそうだな」
「え、伊月、ついさっき食べ終わったよね?」
「うん。お腹いっぱい。だけど食べれそう。というか食べたい」
伊月って大食いなのか?体は細いのに。
「ダメですよ。クリアした人はもうその人がクリアした部屋には戻れないんですからね」
「はーい…」
ものすごく残念そうに返事をしていた。
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