第33話

伊月が部屋の主と話をしている時、嘘つきの部屋に残された男2人は人生ゲームをしていた。

「…なんか悲しくなってきた」

透がぼそりと呟く。

「何でですか?」

もう1人の男、篠原宗しのはらそうが聞いてきた。

「だって男2人で人生ゲームだぞ?」

「そりゃあ、まぁ…」

なぜのんびり人生ゲームをすることになったかというと、伊月が部屋から出て行ったすぐ後にアナウンスが流れたからだ。内容は、

『嘘つきの部屋はクリアされました。これより、他の4つの部屋がクリアされるまでそのままお待ちください』

こんな感じ。そのアナウンスの意味は。

「待ってくれ!どういうことだよ?鍵は人数分あるんだろ⁉︎」

宗が叫んだ。しかし同じアナウンスが繰り返されるばかり。透は嫌でも悟らざるを得ないことを理解した。

「あぁ、なるほど。そういうことか」

だから伊月は、部屋を出る時に深々と頭を下げたのだ。伊月には最初から分かっていた。部屋から出られるのは1人だけだと。

「諦めるしかない、のかな?」

そう呟いた瞬間、アナウンスが変わった。

『その通りです。脱出可能人数は1人。これは何があっても変わることはありません』

透は肩をすくめる。

「それじゃ、何をして待ってればいいのかね?」

『人生ゲーム、オセロ、将棋などがございます』

用意がいいな。

「あの、どうしてそんなに落ち着いてるんですか?」

「落ち着くしかないからだ。俺たちはここでゲームオーバー。それは覆しようのない事実だろ?」

男は黙る。

「なぁあんた、名前は?」

「…篠原宗」

「へぇ。俺は上野透だ。よろしくな…って言ってもほんの少しの間だけかもしれないが」

苦笑しながら透は言った。

「怖くないんですか?これから死ぬかもしれないんですよ?」

「死ぬのは怖いさ。死にたくないよ。でも、ここで暴れても何も変わらないだろうから」

だから最後くらいは。穏やかに?いや違う。笑って死ねることはない。必ず恐怖に怯えることになるだろう。それでも終わりまでの短い時間だけは笑っていたい、気がする。

「人生楽しんだもん勝ちだろ。たとえあと少ししか生きられないとしても。な?」

に、と笑ってみせると、宗も相変わらず青ざめてはいたが少しだけ笑った。

「透さんは、強いですね」

少しだけ考えて、透は首を振った。

「俺なんて、全然強くないよ。…もっと強い奴らがいるから」

宗は、誰のことかを聞いてきた。

「凛ってのもいるんだけど、まぁそれは置いといて。伊月はさ、この部屋を出る時に深々と頭を下げた。それだけだった。俺はさ、もし自分だけが1人しか生き残れないと知っていたらあんな風にはできないよ」

「あんな風って、どういうことですか?」

きっと宗は、伊月は自分が助かりたいがために脱出できるのは1人だけであることを隠していたのだと考えているだろう。だから納得していない顔をしている。

「宗は、1人しか生き残れないと自分だけが知っているとしたら、何も言わずに平気な顔して他の人たちを見捨てられる?」

「無理です」

即答。そりゃそうだ、自分だって無理だと思う。

「じゃあさ、脱出可能人数は1人だと言える?」

「それは…それも、無理かもしれないです」

「どっちが残酷なんだろうな。どっちも、された側からしたら同じことだ」

「それ、は…」

宗が黙り込んだ。

「伊月は前者を選んだ。いや、少し違うな。見捨てたんじゃない。伊月は最後まで見捨てられなかったんだろうよ」

「どうして、そんなことが言えるんですか?」

「だってさ、ドアを開けるのに鍵が必要なかったんなら、砂時計の砂が落ちきるまで待つ必要なかったんじゃないか?それでも伊月は待った。あいつの気持ちなんて想像できないから推測しか言えないけど」

まぁ、自分を犠牲にして他の人を助けなかったなんて責められても、そんなことできる人間なんざ存在しないだろうし。

「俺だったら、謝れないと思うんだ。何も言えないまま、ただ申し訳ない気持ちを抱えて一生後悔しながら生きていくことになる。というか、そんな気持ちなんか抱えていたら、こんなゲームですぐ死んじゃうだろうな」

「そうですね…。俺も、謝れないと思います。どうして、その伊月って人は謝れたんでしょうか」

「さーな。そればっかりは分かんねぇ。けど、伊月にはたぶん覚悟があったんだろうな。人を見捨てる覚悟。死を背負う覚悟。だから謝れた。俺たちに責められるかもしれない、恨まれるかもしれないって分かっていても、それでも」

透はそう考えていた。だけど、その考えは間違っている。伊月に覚悟なんてない。責められるかも、恨まれるかも、そういうことは確かに考えた。その上でそれでもいいか、と思ったのだ。ついでに言っとくと、砂時計の砂が落ちきるまで待ったのは寝たかったからだ。透が図太いと思ったのは間違いじゃない。それに落ちきる前に部屋から出られる保証もなかった。謝ったのは、脱出可能人数が1人であることを言えなかったから。そのことを言えば、ヒントを与えたことになるかもしれない。それは困ったことになる、と伊月は考えていた。人殺しという罪を背負う覚悟はあるのかもしれないが。

「ところでギブアップボタン、探さないの?」

「何でですか?」

「いや、だってそれも1人だけだと言ってたからさ」

「あぁ、いいんです」

宗がまた少しだけ笑った。

「どうせ、ギブアップしたって同じでしょう」

「そうかもな」

「なら、少しでも長く楽しく生きていたいじゃないですか。短い時間だとしても、楽しんだもん勝ちなんでしょ?」

ついさっき透が言った言葉をそのまま宗は返した。透も笑う。

「そんじゃ、最後の瞬間まで楽しみますか」

宗も透も、笑った。互いに無理して笑っていることは分かっていたが、それでも笑った。

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