第32話

「早いな」

部屋の主の男が、椅子に座って伊月に言う。

「まぁね。あの部屋が1番簡単だった?」

「あぁ、そうだな。気付いた?」

伊月は頷く。そう。実際とても簡単だった。脱出用のドアには鍵が必要だという話だったが、そのドアには鍵穴がなかった。そして何より、あの部屋は“嘘つきの部屋”。嘘つきと思われる人物は、映像に出てきた男しかいない。嘘つきがルールの説明をしたのなら、その説明には嘘しかなかったのだろう。脱出するのに鍵は必要なく、人数分の鍵などそもそも存在しない。鍵などなくても、脱出は可能だった。だってドアにはもともと鍵などかかっていなかったのだから。

「けっこう酷いよな、あんた」

「酷い?どこが?」

いけしゃあしゃあとよくもまぁそんなことが言える。

「あの部屋のルール。脱出できるのは…1人だけだった」

ルールの紙の裏に、はっきりと書かれていたのだ。にこにこと男が笑う。

「そうだよ?でもそれが?別に死ぬわけじゃないだろ?」

「ギブアップしたら?」

「あー、それな。どうしようかまだ考え中なんだよね」

ポンポンと机を叩き、

「まぁとりあえず座りなよ」

すっと椅子を引いて、伊月は男の向かい側に座る。

「他の部屋のゲームが終わって、人数がそろうまではここで待ってもらうことになるから」

「そうか」

5人、なんだろうな。部屋は5つで、のっぺらぼうの奴が言っていたのも最大5人だけ。待つしかないのか。そんなことを考えていると、男が引き出しをガサゴソ漁りだした。

「暇でしょ?というか俺が暇で暇でしょーがないんだけど。何する?麻雀?花札?それともポーカー?」

「何で全部賭け事なんだよ」

まぁできなくもないけど。

「えぇー、面白いじゃん?やんないの?えー。そうだな、じゃあ普通にトランプでいい?」

「いや、やらないからな?」

「えぇー」

そういえば、さっきの部屋にもトランプがあった。他にもオセロとか将棋とか、人生ゲームとか。

「ねぇ」

「んー?」

「ギブアップした後のこと、本当はもう決めてるんでしょ?」

ぴたりと、男は動きを止めた。

「何でそう思う?」

伊月は肩をすくめる。

「ただの勘」

「ふーん?まぁ、確かに決めてはいた。というか、ずっとそうしてきたから変えることもないし」

「質問」

シュバっと手を挙げる。

「はい、伊月さんどうぞ」

この男、なかなかにノリがいい。

「このゲーム、今までに何回開催されたの?」

男が黙った。

「言えない感じ?」

「いや、ちょっと数えてるんだ」

えーと、と指を折りながら数えていた。

「無理。数えらんないわ。というか俺、先代から引き継いだ感じだからそもそも知らない」

先代ってなんだよ。というか引き継ぐって…。

「推薦された?」

「そうそう。お前ならできるって言われてさ。あんのジジイ、騙してくれたわけだよ」

どうやらこの男がプレイヤー側だった時には、部屋の主は老人だったようだ。

「儂もう歳だから代わりに頼むわって、出入り自由だし不自由もしなくていいぞー、働かなくていいぞーって!全部嘘じゃねぇか!」

「全部ではないんじゃない?」

ずいぶんと気さくな老人だったようだ。

「…まぁ確かに働かなくていいのは本当だったけど。だったけどさぁー、外に出れないんだよ?太陽の光浴びれないんだよ?鬱になるっつーの!」

「なってないじゃん」

むむ、と男が唸る。

「そりゃあね?俺、引きこもりの素質あるけどさ、それでも5年もここにいりゃあたまには外に出たくなるわけよ」

5年…。冗談じゃないな。というか引きこもりの素質って何だろうか。

「ふーん」

「何、その気のない返事!」

「いや、どーでもよくて」

「そんなこと言うなよ…」

なぜか少しショックを受けたように男が言った。

「あ、そうだ。どうせだから各部屋の様子でも見れるようにしようか」

ピ、とリモコンのスイッチを押した音がする。モニターが下がってきて部屋の様子が映った。

「へぇ」

目を細めて伊月はそれを眺める。部屋の様子は多種多様だった。名前にちなんでいることもあるのだろう。

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