第31話
ドアの先には、今までよりも小さな部屋が続いていた。
「あ」
先に入っていた2人の中に、透がいた。
「よぉ、伊月。お前もこの部屋にしたんだ」
「うん。ちょっと決められなくてなんとなく」
部屋は、どこにでもありそうな普通の内装だった。ソファがあって、机があって。
「カーテン?」
窓があるのだろうか。勢いよく開けてみると、確かに窓はあった。あったのだが、すぐそこにコンクリートの壁がせまっていた。
「伊月?」
部屋に入ってすぐに部屋の中を物色し始めた伊月に対して、もう1人はもちろん、透も若干引いていた。
「何?」
「何してんの?」
「んー、物色?」
あと他にあるのは、天井から吊り下げられたモニターが1つ。結構大きい。リモコンは机の上にあった。スイッチを押すと、ピ、と音が鳴る。画面が明るくなって、映像が流れ始める。映ったのは、1人の男だった。
「よぉ」
見たこともない男。
「なぁなぁ、お前ら、ここから脱出しなきゃならないんだろ?」
まるで伊月たちに話しかけているような喋り方。
「なんか、ルール説明しろって言われてこんなとこに連れてこられたんだけどよぉ、めんどくせぇな」
3人して、黙ってその映像を眺める。
「とりあえず説明するぞー。その部屋に、入ってきたのとは反対側にドアがあるだろ?そのドア、鍵かかってるらしいから鍵を探して脱出しろ。あぁ、鍵はちゃんと人数分あるから安心しろだってさ。全員脱出できるぞ。以上だ」
その後、プツンと切れて画面が真っ暗になった。スイッチを押しても、もう反応しない。
「とりあえず鍵、探すか?」
透が聞いてくる。もう1人は頷いていたが、伊月は首を振った。
「先に探してていいよ。俺はちょっと考えたいことあるから」
考えたいことが何かを聞くこともなく、透たちは頷いて部屋の中を探し始めた。伊月は1人、脱出するためのドアを見る。
「んー?」
違和感を感じて、さらにドアをよく見ると、違和感の理由が分かった。伊月は、冷たく笑った。
「あぁ、なるほど。だから“嘘つきの部屋”ってわけか」
「どうした?伊月」
「いや、何でもない」
とっさにそう答えていた。そう答えてしまったことに疑問を抱いた。言ったって構わないだろうに。あ、でもヒントになるかな?まぁどっちでもいいか、と他に何か違和感はないかを探すことにする。
「何だこれ?」
透がクローゼットの中を見て首を傾げていた。
「どうしたの?」
「いや、何かでっかい砂時計があって…」
確かに、クローゼットギリギリの大きさの砂時計。サラサラと下の方へ砂が流れていっている。
「あっ!」
もう1人がモニターを見て声を上げていた。もう何も映らないと思っていたモニターには、白い字が映っていた。
『脱出には時間が必要。砂時計の砂が落ちきるまでは脱出不可』
「なるほど。今どんだけ鍵を探しても意味ないわけだ。この砂時計、どれくらいの時間を測るものなんだ?」
「さぁな。こんなデカさの砂時計なんて見たことないし」
とりあえずすることがないということだけは分かる。どうしようかな、と思いつつも、伊月は押し入れの中から布団をいそいそと取り出し始めた。ソファに寝っ転がって丸くなる。
「何やってんの?」
透の当然とも言える質問。
「寝るんだよ。他にすることないし」
図太いな、という透の声が聞こえた気がした。それくらい分かりやすい顔だった。
「じゃ、砂落ちきったら起こしてね」
「えー、まぁいいけどよぉ」
なんだかんだ言って起こしてくれる透は優しい。と、いうことで伊月は眠りについた。何がと、いうことでなのかは置いといて。
伊月は、ジリリリリ、というけたたましい音で目を覚ました。
「な、何?」
というか最近、普通に起きれてない気がする。
「どうした?」
透が聞いてくる。起き上がってみるが、音がどこから聞こえてきているのか分からない。
「あ」
透の視線の先には、あの大きな砂時計がある。その隣に、黒電話があった。
「気づかなかったな」
「うん。…出る?」
「いやいや、それは伊月が決めていいぞ」
何という人任せ。
「分かった。じゃあ」
受話器を取った。
「うわぁ、躊躇ねぇな」
「いいじゃんか、別に。…もしもし?」
『もしもーし』
部屋の主の声だった。
「何?」
『ちょーっと伝え忘れてたことがあってね』
何だろうか。
『ギブアップボタンあるから、もう無理だ!ってなったら押してもいいよ。あ、ちなみにボタンの場所は自分で探すこと。あとは、そのボタン、1回しか押せないから』
「それってつまりギブアップできるのも1人だけってこと?」
『そーいうこと。じゃあね。あと4回電話しなきゃならないんで。あ、ギブアップした後のことは想像に任せるよ』
何がもちろんなのかよく分からない。
「なんだって?」
透ともう1人に説明した。
「あー、なるほど…」
砂時計は…もう少しかな?けっこう寝れただろうか。いそいそと布団を押し入れに戻す。砂時計の前に体育座りをして待っていると透に、
「今度は何してんの?」
と言われた。
「砂時計見てる」
「鍵探さなくていいのか?」
「うーん…」
探さなくていいと言い切ってもなぁ。かといって探す必要もないし。
「待ってるんだ」
「そっか」
話している間にもサラサラと砂が落ちていく。落ちきると同時に、ポーン、と音がした。アナウンスが流れる。
『脱出可能時間となりました』
伊月は、監視カメラの方をじっと見つめた。だがそれも数秒のことで、すぐに立ち上がる。
「伊月?」
脱出用のドアの前に立つ。透と、もう1人の方を向いて深々と頭を下げた。
「何、どうした?」
俺には何も言えない。何も言ってはいけない。だから、こうするしかないんだ。
「ごめん、透」
そのひと言だけで、透は察した様子だった。少し寂しそうな顔をして、透は言う。
「そっか。お前はもう分かっているんだな」
頭を下げたまま、伊月は動かなかった。
「顔を上げてくれ。何も謝る必要はないさ。これはそういうゲームなんだろ?それくらいは分かっているよ」
ぐ、と手を握りしめて、伊月は顔を上げる。ふ、と透が優しく笑った。
「行け。大丈夫だから」
…手が震えている。それでも、気付かなかったフリをした。ドアの方を向いて、ドアノブに手をかける。後ろにいる2人が息を飲んでいるのが分かる。鍵を持っていないのに、と言いたいのだろう。そのままノブをひねると、ガチャリと音がしてドアが開いた。絶対に、振り向くことはしない。
「…さよなら、透」
自分にしか聞こえないほどの小さな声でぼそりと呟き、次の部屋へと進んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます