第30話
「うわっ⁉︎」
伊月は鈍い痛みで目を覚ました。それはもう本当にものすごい勢いで。理由は簡単。
「やっと起きた?」
伊月を見下ろしながらにこやかに凛が笑っている。そう。寝る前に予想した通り、凛は今とても怒っているのだろう。伊月の足に凛の足がかけられているのが何よりの証拠だ。まぁつまり、俺がいくら起こされても起きなかったもんで凛は最終手段を取ったわけだ。最終手段とはもちろん蹴ること。確かにちゃんと起きれたけど、代償が割とでかかった…。太もも痛い。少し涙目になりながら凛に聞いた。
「えっと、今、何時くらい?」
ずい、とスマホを目の前に突きつけられた。表示されている時間は8時50分。
「ゲーム開始の10分前まで寝てるなんて、ずいぶんと余裕なのね?」
こればっかりは反論のしようもないので、伊月はとりあえず縮こまって謝っといた。
「あの、他の皆さんはどれくらいに起きて…?」
「そうね、私が起きた時にはほとんどの人が起きてたわ。当然、伊月は1番最後だったけれど」
「左様で…」
目の前で突然パン、と手を叩かれる。びっくりしていると、
「うつらうつらしないの!さっさと目を覚ましてよ」
と言われる。眠いもんは眠いんだから無理だ。なんて思っていると、凛にじとーっと見られる。
「あはは…」
とてもじゃないがそんなことは言えないな。
「凛に怒られてんのか?伊月」
浩がにやにやしながら聞いてきた。どうせいい気味だと思ってんだろ。
「あら、浩。伊月起こすの手伝ってくれても良かったんじゃないかしら?」
怖い微笑みを浮かべたまま、凛が浩の方を見る。
「ご、ごめんなさい」
伊月の隣に座って浩も縮こまる。女とは恐ろしい生き物だ、と浩の目が言っていた。ふぅ、と息を吐いて、凛がいつもの顔に戻った。
「とりあえずちゃんと起きたからいいけど。で、これから始まるゲームの話するわよ」
切り替えの早いことで。
「まずゲームの内容についてだけど、脱出ゲームって、やったことある?」
浩は首を振っていた。
「伊月は?」
「あるけど1回だけ。それに普通の脱出ゲームの経験なんて、役に立つのか?」
「まぁまず立たないでしょうね。ちなみに私は結構ある。妹が好きでよく連れ回されてたわ」
「凛、妹いたのか」
浩が少し驚いたように聞く。
「いるわよ、3つ下が。で、話を続けるわ。部屋は5つ。この中から自分で選ぶのかしら?」
「そればっかりは説明聞かないと分からないな」
「それもそうね。ならあと3分、待ちましょうか。今話したことをまとめると、事前に対策できることはなさそうだし」
あと3分か。
「緊張してる?」
「そりゃあね。ずっと緊張しっぱなしだから本当に疲れるわ」
「俺はそうでもないぞ。何とかなるさ。そういう気持ち大事だし」
凛が呆れたようにため息をつく。浩はポジティブ人間のようで、凛的には相手をするのも疲れるらしい。ま、今さらだけど。
「なぁ、今何時?」
「9時になったところよ」
そろそろかな、と思って待つこと数分。
「今は?」
「5分」
さらに待つこと数分。
「何時?」
「ちょうど9分になったとこ」
もしかしてここの部屋の主は時間にルーズなのか?ちょっと遅いんだが。イライラしてきた伊月はすたすたと歩いて紐のところへ行き、思いっきり引っ張った。昨日よりも思いっきり。なので当然、昨日よりも盛大に音が鳴る。ガラン、ゴロン、ガラン、ゴロン、と何度も引っ張る。
『な、何?うるさいなーもう』
「9時、とっくに過ぎてる。ゲーム始めてくれないか?」
『えっ、マジで?ちょ、ちょっと待って』
マイクを切ることすら忘れるほど慌ててるのか、ドタバタとしている音が聞こえてきた。それから数分。
「えーっと、遅れてすんません」
すっと通路が現れ、男が歩いてくる。そして全く悪びれもせずに言ってのける。ちなみに髪はぼさぼさで本当に起きたばかりのようだ。
「はい、ゲーム始めまーす。ということでついてきてください」
そう言ってくるりと背を向け、今出てきたばかりの通路へと歩いていった。その後ろを、警戒しつつもぞろぞろとついていく。次の部屋にはドアが5つあった。部屋の真ん中で男は止まり、説明を始める。
「これから脱出ゲームを始めます。5つのドアから1つを選んで中に入り、脱出してください」
「部屋は自分で選べるの?」
凛が聞く。
「あぁ、そうだよ。ただ人数が偏りすぎてたらちょっと変えるけどね。5つの部屋全てに人が入るように」
すっと、ドアの方を指差して男は続けた。
「それぞれの部屋にはそれぞれのルールがあるから、部屋に入る前にちゃんとよく読むこと。あ、ちなみに俺は脱出した先の部屋で待ってるから」
「質問」
「どーぞー」
「制限時間は?」
「ないよー。21時を過ぎたらその部屋の中で寝るといい。一応布団はあるから」
「それって、1度部屋に入ったら脱出するまでは何があっても出られないってことでいい?」
「そういうこと」
浩も質問をしていた。
「ご飯は…?」
「そこも心配しなくていい。ちゃんと部屋まで届けるから」
「浩、心配なのそこかよ」
「いやだって、大事なことだろー」
「はいはい、これ以上質問ないならゲーム始めるから。ほら、部屋選んで」
それぞれのドアにはプレートがかかっていて、何かが書かれていた。1番左のドアには、嘘つきの部屋と書かれたプレートがかけられている。左から2番目には謎解きの部屋。真ん中はゴミ屋敷の部屋。右から2番目は正直者の部屋。1番右は裏切り者の部屋。部屋の名前に意味はあるのか?ひと通りドアを見たところで伊月は考える。どこが1番簡単か?生き残れるか?
「伊月」
「何?凛」
「どこにするか決めた?」
「あー、まぁ…。凛は?」
「私は謎解きの部屋にするわ。1番単純そうだもの。普通に謎解いて脱出できそう」
確かに。
「で?どこにするのよ」
「俺は…」
言いかけたところで、部屋の主が声を出した。
「はい、シンキングタイム終了。じゃあ、選んだドアの前でルール読んで、部屋の中に入って」
ほら早く早く、と急かしているのが見える。
「凛とは違う部屋だよ」
凛が怪訝そうに伊月の方を見るけど、それ以上は時間がなくて何も言えなかった。というよりもまだ決めていなかったのだ。
「用意はいいか?」
ドアの前に3人ずつ、きれいに分かれている。伊月も一応、空いていたところに並んでおいた。
「そんじゃあルール読んで部屋に入ってくれ」
続々と部屋に入っていく人たち。伊月もルールを読んでみる。
1、部屋から脱出すること。
2、制限時間はなし。
3、部屋にいる人間とは協力しても良い。
4、鍵を見つけること。
鍵を探して脱出するだけ。割と簡単…?いやでもそんな単純なこともないだろうしな。
「お前はまだ入んないのか?」
部屋の主である男が聞いてきた。
「あー、えっと、もう入るけど…」
ルールは、4つだけなんだけど。ルールの紙の本当に端のところに何かが書かれていた。
「ちょっと待ってくれ」
壁から剥がし、目を凝らしてよーく見ると、それはもう本当に小さな字で、
『裏に続く』
と書かれていた。伊月は思わず笑う。
「字、小さすぎ」
もう少し目が悪かったら読めてなかった。ルールの紙を裏返すと、さらにもう1つ書かれていた。
「うわー、えっぐいなぁ…」
男がニヤリと笑って、
「面白いだろ?」
と言ってくるが、伊月はそれには答えず。ちらりと一瞬だけ男の方を見て、それからドアを開けた。
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