第3の部屋
第28話
「リボルバーは回してもいいわよ」
安全装置を外して、女は伊月の方に銃を向けた。さすがに実弾が5発も入っているから、さっきの銃よりも重い。というかリボルバーなんて、いくら回しても同じだろう。だから、伊月も銃を女に向ける。
「3つ数えるわ。その後、同時に撃つの。それでいい?」
少しもよくないが、待ってはくれないだろう。
「それじゃあ、始めるわね」
にこりと笑って女は数えだす。
「3…」
上の方で見ている人たちが固唾を飲んでいるのが分かる。
「2…」
焦りはなぜかなかった。
「1」
恐怖もない。銃を向けあってなければ、女と伊月はただ向かい合ってるだけみたいに。
「0」
バン、と2つの銃声が鳴り響いて、女の口が弧を描く。そして倒れたのは、女の方だった。しかし伊月の腕からも、血が流れ出る。
「伊月!」
凛が叫んでいたが、伊月の耳には届かない。ただ静かに、女を見ていた。傷を押さえることもなく。女が呟く。
「ほらね。やっぱりあなたも、私たちと同じなんだわ」
その言葉を聞いても、表情ひとつ変えずに伊月は聞いていた。
「さっき、わざと外したのか?」
「えぇ、そうよ。それに私の持っていた銃には1発しか入れてなかったのに、その1発が当たっちゃった。すごい運ね」
そんな運ならいらないな。
「同じって、どういうこと?」
「そのまんまの意味よ。人の命を奪うことに何の躊躇いもない。それって、私たちと同じでしょ?」
伊月はただ冷たく女を見ていた。女がまた笑う。
「ひどいのね。あなたが私を撃ったのよ?私はもうすぐ死んじゃうのよ?罪悪感とかないの?」
「……」
罪悪感がないとか、そんなことはないはずだ。それなのに、人を撃ったという実感が湧かない。
「うふふ、まぁいいわ」
はぁ、と女がため息をついた。それと同時に、女の口からも血が溢れ出す。いつの間にか、床には大きな血溜まりができている。
「そろそろかしら」
女の目に恐怖は浮かんでいない。むしろ落ち着きすぎているくらいだ。ふ、と目を伏せて、もう1度笑う。そしてそのまま、女が目を開くことはなかった。その様子を見て、それでも伊月は、何かを思うこともなく。
「はは…」
思わず、乾いた笑いが口からこぼれる。伊月の口も弧を描いていた。力が抜けて、銃を落として、そして倒れる。そのまま意識が遠のいて気を失った。
再び目を覚ました時、隣には凛が座っていて、他の人はもう誰もいなかった。
「大丈夫?」
「に見えます?」
「…顔とか真っ青だし、腕から血が出てるし、全然大丈夫そうではないわね」
起き上がってみると、くらくらした。頭が痛い。腕も痛い。
「身体中ぼろぼろだな」
「そうね。けっこうひどい状態じゃない?」
腕を見ると、布が巻かれている。
「これ、凛が?」
「うん」
「ありがとう」
痛いことには変わらないけど、一応血は止まってる。
「俺、どれくらい寝てた?」
「1時間くらいじゃないかな。動けそう?」
「多分」
撃たれた方の手を開いたり握ったりしてみて、伊月は頷く。どうやら掠っただけで、大きな血管が損傷したりしているわけでもなさそうだ。立ち上がってふと床を見た。
「このままにされてるんだな」
「…うん」
床には、女の遺体が転がっている。白い床には血溜まりができていて、その真ん中で微笑んでいた。気を失う前のまんま、何も変わっていない。
「他の人は?」
「もう次の部屋へ行ったわ」
「そうか」
次の部屋へ進む通路に目を向けると、奥の方からのっぺらぼうの奴が歩いてきた。手には救急セットを持っている。
「お久しぶりですね、伊月様、凛様」
お面の下ではきっと、にこやかな笑みを浮かべているのだろう。
「そうだな。ほんの数時間ぶりだけど」
確かにすごく久しぶりのように感じていた。
「で、何の用なの?」
「次の部屋へ行く前に、伊月様の腕の手当てを。ということで、座ってください」
言われた通り、その場に座った。
「はい、腕を出して。この布、取りますね」
「あぁ、うん」
「ちょっと痛いですよ」
「痛かったら痛いって言えばいい?」
くすくすと笑ってのっぺらぼうの奴が言う。
「言っても手は止めませんからね」
「なんだ」
そんな軽口を叩きながらも、のっぺらぼうの奴が傷口を消毒し始める。
「痛った⁉︎」
「そう言ったじゃないですか」
「いや、思ってたよりも…」
痛がっている伊月を見て、笑いながらさらにぐりぐりと消毒する。
「お、おい!わざとか?わざとだろ!」
「いえいえ。ほら、消毒、終わりましたよ」
次にすっと包帯を取り出して、丁寧に腕を巻いていく。ずいぶんと手際がいい。
「はい、出来ました。応急処置ではありますけどね」
「どーも」
パン、とのっぺらぼうの奴が手を叩く。
「では、次の部屋へ行きましょうか」
伊月と凛は立ち上がる。
「みなさん、お待ちですよ」
2人の前をのっぺらぼうの奴が歩き出す。
「凛、今何時?」
「えっと…」
凛がスマホを取り出して時間を見る。
「22時半」
「道理で眠いわけだ」
「伊月、さっき散々寝てたじゃない」
「寝足りないんだよ。もう1日12時間睡眠したいくらいだ」
「それは寝過ぎね」
「それ母さんにも言われたことあるな」
ふと出た言葉。その言葉で凛が黙った。
「凛?」
「…ここにきて、私、家に帰りたいとは言ったけど1度も家族のこと口に出さなかった」
凛の声は、少し悲しそうだった。
「帰りたいな。…帰れるよね…?」
通路の中は暗くて、凛の表情は見えない。
「それは分かりませんねぇ。まぁ精々、頑張ってください。お2人には期待してるんですから」
わざと煽るように、のっぺらぼうの奴が言う。伊月が口を開きかけた時だった。
「着きましたよ。次の部屋です」
通路は突然終わった。また、白い部屋。
「そちらの方におにぎりとお茶がありますので、食べてくださいね。では、ご武運を」
そう言って、のっぺらぼうの奴は通路の奥へと戻っていった。凛は浮かない顔をしていたが、それでも伊月の方を見て少し笑う。
「大丈夫よ」
大丈夫じゃなくても、そう言うしかない。伊月もそれ以上は聞かなかった。
「伊月、凛」
浩が2人の名前を呼ぶ。
「大丈夫だったのか?伊月、急に倒れてたから」
「あぁ、大丈夫。手当してもらったし」
「そっか。本当は俺も残りたかったんだけど、あののっぺらぼうの奴にさっさと次の部屋へ行けって言われて」
あれ、でも凛は…と思ったけど、それも説明してくれた。
「凛がすごい形相で睨みつけてさ、それで凛1人だけは残ることを許すって、向こうが折れたんだよ」
「なるほど」
続々と、結奈、梓、透も集まってくる。結奈が、
「伊月、腕、大丈夫なの?」
と聞いてくる。
「大丈夫。掠っただけだったみたいだし」
「そう、良かった」
ほっとした様子だった。梓は、伊月から少し離れた所にいた。理由は分かりきっている。だから伊月から声をかけることもなかった。
「みんなはもうおにぎりとか食べたのか?」
「あぁ、食欲は無かったけどな…」
浩が指差した先に、段ボールが置いてあった。
2人分を持って凛の所へ戻る。
「凛」
「ありがとう。…でも、私、食欲ないわ」
「なくても食べといた方がいいだろ」
「…うん…。後で食べる」
それについては同感だ。食べるのはとりあえず後。
「ルールの紙は?」
「あそこだ」
透が指差す。
「ゲーム始まったりは…してないよな」
「うん。部屋の主の姿、見てないの」
結奈が答える。ルールの紙の前まで行って読むと、理由が分かった。
1、ここでは、脱出ゲームをする。
2、5つある部屋から1つを選ぶ。
3、ここのゲームは、21時までとする。
※21時を過ぎた場合、ゲームの開始時間は次の朝の9時からとする。
「そういうことか」
浩が頷く。
「これは?」
ルールの紙の隣で、天井からぶら下がっている紐を見る。
「あぁ、それ?なんか部屋の主を呼べるらしいよ」
「引っ張ったりとか…」
「する奴がいると思うか?」
「だよな」
そう言うやいなや、ぐい、と引っ張った。
「おい⁉︎何、普通に引っ張ってんだよ!」
浩が焦ったように言うが、伊月は特に気にした風もなく言った。
「だってルールの紙に書いてある通りなら明日の朝まで進めないってことだろ?ならとりあえず部屋の主に会っときたいじゃん」
紐の先に何かついていたのか、がらんごろんと音が鳴った。
「うわ、割とうるさいな」
浩が呟いたのが聞こえた。
『何の用?』
突如、どこからか声が聞こえた。天井を見ると、マイク?のようなものがぶら下がっていた。どうやらそこから声が流れているらしい。
「声だけ?」
『そうだよ。もう今日の営業時間は終了してるの。で、何の用なのさ』
「いやちょっと、これからどうしたらいいのかなーって」
『することないんなら寝てればいいじゃん。出来ることと言ったらそれくらいでしょ?』
その言葉を聞いて、パッと凛の方を見る。
「寝ていいって」
「報告いらないから」
『そこで漫才始めないでくれる?』
「漫才じゃない。報告だ」
『あーそう。で、他に用は?』
「特にない」
『じゃ、また明日』
ブツ、と音が切れた。声は20歳くらいだろうか。けっこう若そうだ。
「寝ていいって」
再度凛に向かって言うと、ジロリと睨まれる。首をすくめて、すいませーん、と謝った。周りを見ると、眠り始めている人がすでに数人いる。なんだ、みんな神経図太いじゃないか。
「浩、眠いの?」
凛が聞いていた。確かに大きなあくびをして眠そうだ。
「あぁ、なんか急に眠くなってきてさ…」
そう言って床に寝転ぶと、すぐに寝息を立て始めた。伊月と凛は並んで座り、とりあえずおにぎりを食べる。
「みんな神経図太かったわね」
「そうだな」
ものの数分で、2人以外の全員が眠り始めていた。
「ねぇ、伊月」
凛が名前を呼んだ。
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