第27話

残っているのは15人。女はそれを眺めて満足そうに頷いていた。

「じゃあ、もっかい最初から始めましょうか?」

「ま、待ってくれ!そんなの聞いてない!」

「あら、そうね。言ってないわ。けど、それが何?」

くすくすと笑いだす。笑いが止まらなかった。

「あなた達の運がどれくらいまで続くのか、楽しみね?」

そう言った瞬間、ほとんどの人が驚愕して、青ざめた。そんな様子を見てさらに満足する。

「はい、選んでねー?」

「待って」

そう言ってから、凛は大きく息を吸う。自分で思っていたよりも、落ち着いた声が出た。楽しんでいる最中に水をさされて、女の顔が途端に不機嫌になる。

「どうして?」

何度も深呼吸をする。頭の中で何度も繰り返した言葉。覚悟を決めて、声を発した。

「私たちはゲームをクリアしたわ」

凛の言葉に、周りの人が少し希望を持ったのが分かる。

「してないわよ?だってルーレットは1回だけ、なんてルールにはないもの」

「いいえ。クリアはしている。だって生き残ったんだから。ルールには、生き残れば勝ちとあった。なら、クリアでしょ?」

凛と女の言い合いを聞きながら、伊月は考えた。あの女が素直に認めるはずがない。その場合、何と言えばいいだろうか。

「だから、ルーレットは1回なんて書いてないの。そうね、明確になってないことなんだからちゃんと定義しないと」

「そんなことさせない」

「させない?どうやって?あなた1人に何ができるの?」

女の纏う空気が変わる。ただの苛立ちじゃない。これは…これは何だろう。冷や汗をかく。足が震える。あぁ、これが殺気というやつなのか。

「もう1度言うけど、私たちはもう既にクリアしている。クリアした後に後付けでルールを追加するのはルール違反よ?」

伊月は内心ぎょっとした。とんだハッタリだ。あの女相手によくやるな。

「そんなルール、ないわ」

そうは言いつつも、女の顔に少し不安が広がる。

「あるわ。だって共通のルールに書いてるもの」

「そんなこと書いてなかった」

「じゃあ変わったんじゃない?」

「そんなことない。それにおかしいじゃない。さっき、私はルールを定義したけど特に何もなかったんだから」

確かにその通りだ。凛は何と返すのだろうか。

「だってそれは、まだクリアしてなかったからよ。クリアした後に明確な定義という名目でルールが追加できるなんて、そんなのずるいでしょ?だから変わったのよ」

女の悔しそうな顔を見て、伊月は思わず笑いだしたくなった。凛、すげぇ。

「そんなの、信じられない」

「じゃあ確かめてみれば?あなたの命をもって、私の言葉が本当かどうかを」

ふ、と女が小さく笑って、それから高らかに笑い出した。

「いいわ、ゲームクリアは認めてあげる。自分の命は大切だもの」

女の纏う空気が少し和らいだ。そして、周りの人がほっとしたように息を吐き出す。

「但し、もう1つだけゲームをしてもらうわ」

凛が顔をしかめた。

「なんでよ、クリアは認めてくれるんじゃないの?」

「えぇ、認めるわ。ただ、ゲームをしたいの」

猛烈に嫌な予感がする。

「どんな?」

女が伊月の方を見て、満面の笑みを浮かべる。伊月は顔が引きつるのが分かった。

「ロシアンルーレットであることは変わらないわ」

す、と伊月を指差して女は続ける。

「あなたと私、一対一で、ね?」

「そんなの、知ったこっちゃないんだけど。俺にはその勝負をする必要がないだろ」

「いいえ、あなたはやらなければならない」

女がどこからか紙を取り出す。伊月はさらに顔をしかめる。紙をひらひらとさせながら、

「だって、ルールなんだもの」

と言った。

「降りてきて。もちろん伊月だけよ。あぁ、他の人たちは次の部屋へ進んでもいいわよ?ドアは開けとくから」

言葉通り、通路が現れる。

「ほら、行かないの?」

誰も何も言わない。そして、誰も動かなかった。

「え、っと行かないの?」

伊月は思わず凛に尋ねていた。

「え、行かないけど。逆に行くと思ってたの?」

凛は驚きもせずに答える。

「いやだって、他の人たちも誰一人動かないから…」

周りを見渡して、凛は冷たく笑う。

「そうね」

それから伊月の方を見て言った。

「その理由は、もう分かってるんじゃない?」

「…まぁ、何となく」

これは自論だけど、人はヒーローだとか、正義の味方だとかを求めたがる。例えば自分が、周りの人が理不尽なことをさせられていて、そんな状況を打破した人がいたとしたら。次に同じような状況になってもその人が助けてくれるのではないかと思うものだと、そう考えている。今って、正にそれなんじゃないか?伊月がひとつ前の部屋であの少年を追い詰めた時みたいに、あの女にも勝ってくれるんじゃないか。そんな勝手な思い込み。伊月が女を倒すことを期待している。そして見たがっている。

「冗談じゃないんだけど」

思わず呟いた。

「しょうがないんじゃない?あんなの見せられたら誰だって期待するわよ」

思わず頭を抱えたくなった。

「あんなことしなければ良かった…。いや、してなかったら今頃、俺はほんとに極楽浄土に行ってたかも、か…」

「そんなこと言わないの。伊月のおかげで、私も助かったもんなんだから」

それを言われたらな。

「誰も行かないのね?なら伊月、早く降りてきて。勝負をしましょう?」

「まず確認させてくれ」

「何かしら?」

「それ本当にルールの紙?」

女がくすくす笑う。

「あら、本物よ?共通のルールだって守ってる。ちゃーんと壁に貼ってたもの。それにルールの紙は1枚、なんて決められてないでしょ?」

それはその通りだ。

「なんなら見てみる?というか見てちょうだい?」

だから早く降りてこいという目だった。少しも笑っていない。深いため息をついて、伊月は階段を降りていった。紙を渡されたので、目を通す。


1、ロシアンルーレットをする。

2、部屋の主が決めた相手と一対一をする。

3、銃は2つ使う。

4、どちらかが死ぬまで行う。


4つ目のルールがなぁ…。なんで死ぬまでやんなきゃならないんだよ。

「改めて説明するわ。これから、私とあなたで最後のロシアンルーレットをするの」

すっと2つ銃を取り出して、1つに弾を込めはじめる。

「この銃には、銃弾を5発入れる。これがどういうことかは言わなくても分かるわよね?」

生き残れる確率は6分の1。低すぎないか?

「銃弾の数以外は今までのルーレットと同じなんだけど、違うところが1つ。互いに銃を向け合うの。これがどういう意味か、分かる?」

互いに銃を向け合うこと。それは、自分の撃った弾で人を殺すということ。なんつーことさせんだ。

「ルールは理解したわね?じゃあ、始めましょうか」

ぽん、と銃を投げられた。

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