第25話

「あれ?透はもうルーレット終わったんだっけ?」

「いや、まだだ。だから心臓バクバクだよ」

「そうか。頑張れ、と言うのもおかしな話だろうけど、それしか言うことがないからなぁ」

透は苦笑して、

「まぁせいぜい祈っててくれよ」

と言った。

「それより…」

視線を、結奈と凛の方へ向けて心配そうな顔をする。

「ほっといていいのか?あの2人」

「あー、いいのいいの。あれは今んとこ凛に任せてるから。俺が入ったところでややこしくなるだろうし」

未だに、結奈と凛のケンカは続行中だった。もうバッチバチ。触れてはならぬものだと、透も理解はしてるようだ。ただあまりの険悪さに、心配になっているらしい。それに関してはしょうがないと思う。結奈も悪い。凛のスイッチを入れてしまうから。ま、あんな言い方してたら凛のスイッチも入るわな。凛は凛で、本音がダダ漏れである。一応、少しは凛の方が冷静だと信じたいけど。

「なぁ、伊月」

透が突然、名前を呼んできた。

「ん?何?」

「あの女が言ったこと、お前は理解できたか?」

少し緊張しているようにも見える透の顔。

「言ったことって?」

「女にとっての常識のこと」

「あぁ、人を殺すのがダメなのはなんでか、そう思わないから撃ったってやつ?」

「そうだ。俺にも理解できなかった。それが普通だって教え込まれてきたからなのかもしれないが」

伊月は黙った。考えてみる。人殺しがダメな理由。

「納得は、多分できない。でも、言ってることはなんとなく分かる気がするようなー、しないようなー…」

何て言ったらいいのかな。伊月自身にもよく分からない。

「考えたことは、あるんだよね。人を殺すってどういうことか。10数年生きただけではあるけど、自分なりに。ニュースを見て、ネットで、人が死んだって聞いて」

透は黙って聞いていた。何を考えてるのだろうか。

「俺は、人を殺したいと思ったことはない。けど、それって恵まれてるからなのかなぁとか思ったり。そういう人に会ってないからそう思えてるだけなのかなって」

透の方を見る。透は下の階の方を見ていた。表情は、まぁ当たり前だけど暗くて。

「透は?」

「俺は、考えたことは無いと思う。だから今、考えてるんだ。その上で、あの女が言ったことはやっぱり分からなかった。俺たちからしてみれば、あの女は狂ってると思う。けど、あの女からしたら?狂ってるのは一体どっちなんだろうな」

真実は1つ。よく言われることだ。その人自身がたどり着いた結論ではないかと伊月は思う。たどり着く結論が1つしかないのなら、それは、真実は1つなのだろう。でも、明確な答えがないものなら?それならきっと、人の数だけ真実が存在する。透の考え方と伊月の考え方、そして女の考え方。全部違う。伊月にとっては、人を殺すというのは悪いことだと分かっている。ただ、自分が心の底から殺したいと思う人間が現れたら?分かっていても、と思うかもしれない。実行に移すかもしれない。それが真実。あの女にとっては、人を殺すのは悪いことではない。それが真実。

「人の考えを100%理解するなんて無理なことだよ。考えたって分からない。だからほら、こんな暗ーい話はもう終了!それより、そろそろ凛たちを止めてみようかなーと思うんだけど」

透が伊月の方を見た。そして頷く。

「そうだな。しかし、止められるのか?あのケンカを?」

透の視線が凛たちの方へと移った。それにつられて、伊月も2人の方を見る。相変わらずバッチバチだ。よくそんな気力が持つ。

「いつまでも続けさせたって、疲れるだけだから。ケンカなんかで体力減らしてる場合じゃないだろ」

透がパッと両手を上げる。

「あー、俺は無理だから。伊月、頼んだ」

「んな無責任な…」

透と一緒に、という算段だったのに。凛と結奈の方へ目を向ける。あの中に割って入るのかぁ…。って、え?

「ちょ、ちょっと待った!」

思わず伊月は2人の間に割って入った。

「何?伊月。どうかしたの?」

「いやいや、どうかしたの?じゃないだろ!叩かれそうになってて何言ってんだよ⁉︎」

結奈が手を振り上げていたのだ。それもものすごい形相で。

「伊月、邪魔しないで」

「無理。というかそろそろケンカやめてくれよ」

「「無理」」

なんで2人同時に言うんだよ…。

「ちなみになんで?」

「まだ言いたいことがあるから」

「言いたいことがあるみたいだから。というかコレはケンカじゃないわよ?」

「そうね。ケンカじゃないわ」

「どっからどー見てもケンカだから」

これ以上何か言っても終わらない気がするので、ハイハイ、と手を叩く。

「終わり終わり!疲れるだけだろ?もうやめとけよ」

2人して黙り込む。疲れるのは実際その通りだからだろう。

「仲直りしろとか言わないし、もうこの際ギクシャクしたままでいいから」

ゆーっくり結奈の手を下ろした。結奈は、凛の方を睨んで、離れていく。

「なぁ、凛」

「何」

「結奈に何を言ったんだ?」

「なんでもいいでしょ」

「…分かった。聞かないでおくよ」

「そうしてもらえるとありがたいわ」

透が近づいてきた。

「大丈夫か?」

「えぇ、全然大丈夫よ」

「凛、半分本音だっただろ」

伊月がそう言うと、凛は半ば開き直ったように、

「そうだけど?何か悪い?向こうは全部本音だったじゃない」

と言ってきた。

「いや、よく我慢したなぁとは思うけど」

はぁー、と、凛はものすごく深いため息をついた。

「よーしよし、お疲れさまー」

そう言いながらわしゃわしゃと頭をなでたら怒られた。

「ちょっと、またぐしゃぐしゃになるでしょ!というか馬鹿にしないでよ」

「してないって。ほんと、尊敬します。俺なら速攻で堪忍袋の緒が切れてるから」

フン、と鼻を鳴らして凛はそっぽを向く。

「あれ?そういえば透、ルーレットは終わったの?」

ついさっきまでのやりとりは無かったことのように、凛は透の方を向いた。透はなぜか微笑んでいたけど、

「あぁ、まだだよ」

と答えた。

「そう…。透。生き延びてね、絶対」

「お、おう」

凛の言葉に少し戸惑いながら、透が応じる。凛がそう言った理由は、たぶん1回ロシアンルーレットを乗り切れば生き残れるはずだからだろう。だけど、無駄に希望を与えるのは良くないと思ったのか、そのことについて凛は言わなかった。それから今度は透と凛と3人で、手すりの下を眺める。どうやら、続きが始まったようだ。だけど凛が言った通り、恐怖は伝染する。何を言われたのかは分からないが、さらに恐怖を煽るようなことでも言われたのだろう。まともに銃を構えることすらできていなかった。

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