第24話

「で、そんなことよりも」

「あ、うん。なんか慣れてきたわ、伊月のそれにも」

「はいはい。そんで話続けるぞ」

結奈も涙は止まったようで、頷いた。

「とりあえず、まずは3回目が終わったかどうかなんだけど、こんだけいろいろ話していても3回目の人たちは上がってこない」

そこから出される結論は1つだけ。

「時間切れ…?」

「そういうことだな。ということは、まだルーレットは終わってない。あの銃声は…」

その後に続く言葉は言えなかった。結奈がまたしても青ざめていたからだ。

「結奈、さっきから青くなったりならなかったりしてるけど大丈夫か?」

「あ、うん…」

大丈夫そうには見えないけど、残念ながら聞いといてもらった方がいいだろう。

「俺にはまだ分からないんだけどさ、凛がルールの抜け道を見つけた。そしてそれは、今すぐにはできない」

結奈がまた目を見開く。凛がギョッとした顔で伊月の方を見る。

「ちょ、ちょっと!抜け道なんて言えるようなもんじゃないわよ!」

「だって俺その内容知らないし?」

「言えばいいのね⁉︎いいわよ言うから!」

なぜキレるのか。

「いや、言わないで」

「なんで?」

「なんとなく」

「はぁ?」

凛は呆れたように首を振った。

「とりあえず、ルーレットはたぶん終わってないだろうけど一応見てみよう」

「そう、だね」

結奈も凛も頷いた。3人で、手すりに集まっている人たちの側で下の階を見る。倒れている遺体は全部で4人。ルーレットで亡くなった人のことをそのままにしてるのか?

「分かってはいたけど、やっぱり終わってないね…」

「そうだな」

まだ、女は4回目の代表者を決めろと言わない。そして何よりあの笑顔。何かをしゃべっているようだけど、あまり大きな声ではないのか、上の階にいる伊月たちの耳には届かない。並んでいる4人は震えていた。撃たれたのは1人目だったのか?

「撃てなかったんだ…。いや、撃てる方がおかしいんだよね」

「今までに撃てなかった人がいなかったこと自体、正直びっくりしてるよ」

伊月のその言葉に、結奈は悲しそうな顔をした。

「私も、おかしいんだよね…」

伊月と凛は顔を見合わせた。凛が肘でつついてくる。何言ってくれちゃってんの、という顔だ。

「大丈夫よ。伊月の方がおかしいから」

「それ何のフォローにもなってないぞ」

「伊月は黙ってて」

結奈が手すりをぎゅっと握りしめる。

「でも、自分の頭に向かって引き金を引けちゃったんだよ?おかしいに決まってる」

「それは脅迫されてたんだから、えーと、しょうがなくはないけどしょうがないだろ」

結奈の視線は下の階に向けられたまま。

「できないものはできないんだよ、普通は」

「自分で引き金を引くか、あの女に引かれるかの違いだろ?」

「違う」

結奈が首を振る。

「人間は、人殺しをすることができないようにつくられてるよ。どこかで絶対に恐怖が勝つんだもん。ニュースとかで流れる殺人事件。あれは、あんなことができる人はきっと特別なんだ。だって、恐怖は体の動きを止めちゃうから」

…ちょっと何言ってるのか分からない。

「死ぬのって、すっごく怖いことだよ。だから、体は言うことを聞かないはずなの。なのに、私は怖かったのに撃てちゃった。私は異常なんだ。おかしいんだ」

どんどん結奈が饒舌になっていく。ふふ、と笑いがこぼれ始めていた。こういう時の笑いって良くないよなぁ。

「それを言ったら、1、2回目の人たち全員がもれなく異常ってことになるけど」

「うん、そうだよ。みんなおかしいの。目の前で人が殺されてくからおかしくなっちゃってるの。それが普通になっちゃう。やだ、そんなのいや。いやだ、いやだよ…」

凛がすっと右手をあげた。

「凛?何して…」

パーン、とものすごい音が辺りに響く。結奈が驚いたように凛の方を見ていた。凛はぶらぶらと右手を振りながら結奈に向かって口を開く。

「ねぇ、いい加減その口を閉じてくれない?」

凛がにっこりと笑っている。あ、これはキレてるやつだ。伊月はそっと一歩後ろに下がる。

「何するの?」

「それはこっちのセリフだわ。我慢して聞いてたけど、無理だった。ふざけないで。人が殺されるのが普通になる?それがイヤ?当たり前じゃない、そんなの。誰だってイヤだわ。みんな思ってることよ。あなたが引き金を引けたのは、死にたくなかったから。恐怖も、死にたくないって気持ちも全部本物。そこは割り切るしかないじゃない」

「…でも、凛ちゃんだって平気なフリをしてるんでしょ?」

「そうね。その通りよ。あとは、本当に平気な人が隣にいるからっていうのもあるかもしれない」

結奈が伊月の方を見る。伊月はぶんぶんと首を振った。平気なわけがないだろう。

「平気なフリをしてなきゃ、私もとっくに狂ってるわ。ただ、普通じゃなくなっても生きていたいって気持ちも本当。別に平気なフリをしろとも言わないけど、私たちの邪魔はしないで?」

「…邪魔なんかしてない」

「あら、そう。でもね、恐怖は伝染するの。あなたが狂ってたら周りも同じように狂い始める。それって邪魔してるって言わない?」

「…」

凛がため息をつく。

「狂えるなら狂っていたいわ。何も考えずに済むから。でも、生き残りたいの。だから考えなきゃいけない」

結奈は黙ったまま。

「言葉が悪いかもしれないけど、自分が1番かわいそうです、みたいに見えるのよ」

「何それ。そんなこと一言も言ってない。勝手なこと言わないでよ!分かったようなこと言わないで!私だって生きてたい。考えなきゃ殺されることも知ってる。でも、そんなことが簡単にできないから困ってるのに!できる人ができない人の気持ちなんて分かるわけないでしょ!」

「えぇ、そうね。あなたの気持ちなんて分からない。分かりたくもないけど。それを言うなら、私の気持ちだって分からないでしょ?私が何を考えてるのか、どんな気持ちなのかなんて。同じことのはずだけど」

ケンカがどんどんヒートアップしていってる。伊月は静かに、もう一歩下がった。凛と結奈の視線がぶつかって、見えない火花が散ってるかのようだ。女って怖いな、うん。まぁとりあえず結奈のことは凛に任せておこう。

「何をしゃべってるんだろうな…」

「あの女のことか?」

ぼそりと呟いた独り言。それだけのはずで返事が返ってくるとも思ってなかったから、余計に驚いた。

「あー、うん。そう。というか居たんだな、透」

そう。声の主は透だった。

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