第23話
凛が結奈のもとへ行き、伊月が凛にしたように手を差し伸べていた。だけど結奈は、その手を掴まない。いや、掴めないのか。凛が伊月の方を見る。その様子を見て、伊月は凛に頷いて見せ、凛と結奈のところへ行った。
「結奈」
結奈の肩がびくりと震える。ゆっくりと顔をあげ、伊月の方を見た。顔が涙で濡れているし、少し過呼吸気味だった。ハンカチなんて気の利いたものを持っているはずもないので、服の袖で結奈の顔をふこうとしたら、凛に思いっきり止められる。
「ちょっと伊月!何やってるの⁉︎」
「え、いや、顔をふいてあげようと…」
「それで何で服の袖なのよ!」
「ハンカチとかタオルとかなんて持ってないんだよ。他にないからしょうがないだろ」
「私、持ってるから。いいから袖でふこうとするのやめて!」
そんなやりとりを聞いていて少し落ち着いたのか、結奈の呼吸が治まってきたようだった。
「大丈夫、な訳ないよね。私も大丈夫じゃないから。これで顔拭いて」
「あ、ありがとう…」
体の震えも治ってきたようだが、声はまだ震えていた。伊月は、目の前の現実を直視できていないからなのか、あまり恐怖で震えることがない。死ぬ、ということが他の人よりぼんやりとしか感じられてないのだろう。
「ねぇ、2人はどうしてそんなに平気そうなの?」
結奈の質問で我にかえる。
「平気そうに見えてたの?」
「うん」
「そっか。でも私も、全然平気じゃないよ。さっきまで泣いてたし」
凛のその返事に、結奈は驚いたように目を丸くした。
「あ、平気そうな人なら伊月が1番そうだとは思うけど」
「だよね」
「うん」
変なところで意気投合しないでほしい。なぜ俺は蚊帳の外?と伊月は遠くを眺めていた。
「俺だって別に平気なわけじゃ…」
「「そんなわけない」」
声が揃った。
「いやあるから」
「じゃあどんなとこ?」
「え?…えーっと…」
「ほらダメー。やっぱ平気そうだよ」
ね、と凛と結奈は大きく頷く。いやだから、蚊帳の外…。
「落ち着いた?」
「うん、だいぶ」
結奈が少しだけ微笑んだ。
「それなら良かったわ。…まだ終わらないけど」
凛が暗い表情でそう言ったものだから、せっかく少し笑えていた結奈もつられて暗い表情になる。
「そういうこと言うなよ…。せっかくマシになった雰囲気があっという間に真っ暗じゃないか」
「悪かったわね、言っちゃって。でも実際そうなんだからしょうがないじゃない」
そんな軽口を叩きあっても暗くなった雰囲気は変わらない。そして、3人とも黙った。何かを言ったとしても、状況が変わるわけでもなく。そんな沈黙の中、銃声が聞こえた。伊月と凛は反応せず、結奈だけがびくりと震える。
「3回目が終わった?」
「分からない。見てみるか?」
「えぇ、そうね」
よっこらせ、と立ち上がる。
「ま、待って!」
「ん?どうしたの、結奈」
伊月も振り返って結奈を見る。すると、結奈はまた青ざめていた。
「だから、なんでそんなに平気そうなの?今のって、銃声でしょ?誰かが死んだってことじゃない!なんで…」
伊月と凛は顔を見合わせた。凛は、キョトンとした顔で首を傾げた。
「そうね。誰かが死んだ音よ。認めたくなくても、それが現実。諦めた…ってわけじゃないけど、どうしようもないもの。割り切るしかないでしょ?だってあいつがそう決めたんだから」
結奈が首を振る。
「分かんないよ…認めるなんてできない!それが現実?そんなの分かってるけど、どうしようもないなんて思いたくない!」
うつむいた結奈の足元に、またしてもポタポタと落ちていく。
「結奈」
名前を呼んでみる。結奈は顔をあげない。
「誰も死なずにここから出ることは出来ない。元々、だ」
「え…?」
「どうしようもない。凛が言った通りだ。それがルール。俺たちには変えることすらできない絶対のものだ」
「なんでそんなこと分かるの?」
「聞いたから」
隣で、凛も驚いたように伊月の方を見た。
「誰に?」
「のっぺらぼうの奴に」
「そんなの知らない。そんなこと言ってなかった」
「俺が個人的に質問したからな」
「なら、こうなることも知ってたの?知ってて見殺しにしたの?」
伊月は首を振る。
「俺が聞いたのは、ここから出られる人数だけだ。どういうことをするのか、なんて1つも知らない。見殺しにしてるわけでもない」
「でも、全員が助からないことを知ってたんでしょ!なんで言ってくれなかったの⁉︎」
「言ったところでどうするんだ?」
「え…」
結奈が顔をあげる。その顔には、怒りが滲んでいた。
「全員が助かるわけじゃないと知ったら、どうなるか。想像くらいはできるだろ?」
「…パニック」
凛が呟く。
「そう。パニックになる。自分が生き残りたいってそう考える。俺もそうだし。そして、生き残るためにできる1番確実なことをしようとする」
「確実なこと?」
「あぁ」
結奈も、もう分かってるだろう。確実なこと。それは自分以外の誰かを殺すことだ。そうすれば、自分が生き残れる確率が上がる。生きるか死ぬかのこの状況だ。まともな判断ができるとは思えない。
「…でも…」
結奈の顔が悔しそうに歪む。
「俺だって、そんなの納得できないよ。けど、納得できないからって何になる?文句を言えばルールは変わるのか?そんなわけない。ただ、できることはあるんだよ。誰も死なないわけじゃないけど」
「そんなの、あるわけない」
「いいえ、あるわ!」
凛が強く言った。結奈の視線が凛へと向かう。
「全員が全員を助けられるわけじゃない。でも、死ぬ人数を減らすことはできる」
「減らす?」
「そうよ。ルールの抜け道を探すの。主を倒す方法なんて、私には分からない。したくない。だから、ルールの中での私たちの勝ちを見つけるの。ルールは絶対。良くも悪くもね」
結奈が黙った。理解は、たぶんしてる。納得はいかないだろうけど。
「誰も死なない方法なんて、無い…」
結奈が自分に言い聞かせるように呟く。その言葉に凛は頷いた。
「そうね。今のところそんなルールはない」
「悔しいな。すっごく怖いし」
凛が結奈の隣に立った。
「そうね。私も怖いわ。というか、いまだに普通のフリをしていられてること自体びっくりよ」
「そっか。でも、凛ちゃんも伊月も私とは違うね。だってルールの抜け道を探すなんて、私には思いつかなかったし、きっとできないもん。私は弱いね」
凛は、何も言えなかった。伊月が口を開く。
「確かに、俺と結奈は違うな。俺には、周りの人のことを考えるなんてできないから。自分のことで精一杯。だから、誰かが死んでも悲しくない。それは自分には関係ない赤の他人だから」
結奈が息をのむ音が聞こえる。
「ひどいよな。自分でもそう思う。でも実際、これが俺の正直な気持ち。人が死ぬのを見るのはイヤだよ。でも、名前も知らない人のことを考えてる余裕なんてない。凛や浩、結奈が死んだってなったら、それは悲しい。だってもう関わってしまっているから」
俺は自分が生きてればそれでいいと、そう言ってるように聞こえるだろう。それは間違いじゃない。けど、人が死ぬこと、殺されることだって悔しいとも思ってる。だから自分が生き残るために、他の人を生き残らせるためにルールの抜け道を探すんだ。
「だから、俺は俺が生きていられればそれでいい。それを酷いと言われたら、あー、それはもうどうしようもないな。これは変えようがない」
なんか凛が納得したような顔をしている。なんで?まぁそれは置いといて。
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