第21話

考え始めた伊月の横顔を見ながら、凛は女に言われたことを思い出していた。確かに、やけくそになっていたのかもしれない。女に言われたことがもし本当だったら、そんなことができてしまうのなら。そう考えただけでもう生き残ることはできないのではないかと、思ってしまった。ぎゅっと手を握りしめる。違う、そんな風に思っちゃダメだった。私は家に帰るんだ。生きて、家族に会う。そう決めたはずでしょ?だから、諦めない。伊月が言ったようにあがくんだ。必死で、絶対に。

「凛」

だから、もう何を言われても迷わない。

「凛?」

やけくそになんてならない。

「なぁ、凛ってば、おーい」

「えっ、あ、何?」

いつの間にか、伊月が凛の方を覗き込んでいた。何度も呼ばれていたらしい。

「2回目が始まるって」

伊月はさらりと言うが、凛は顔が引きつるのを感じた。この数時間の間に、目の前で7人が亡くなった。今はまだ何とか持ちこたえているが、もうとっくに狂っててもおかしくないと思う。そしてまた、1人が亡くなるかもしれないのだ。女が言ったことは、あながち間違いではないのかもしれない。伊月本人は自覚してないだけで。

「…何?」

「あ、ううん。何でもない。分かった」

私にも、伊月のようにルールの抜け道とかを見つけられたらいいのに。そう思いながら、2回目の人たちとすれ違った。その中に結奈がいた。怯えて、顔が真っ青になっている。そんな結奈の隣をすり抜けた。目を合わせることができなかった。声をかけることも。だって、何と言えばいい?結奈に掛けられる言葉を、凛は持ち合わせていなかった。階段を登りきった時、急に力が抜けて、床に座り込んでいた。本当にバカだ。なんで最後でいい、なんて言ったんだろう。こんなに怖がっていたのに。はは、と乾いた笑いが込み上げてきた。

「凛、大丈夫?」

「うん。私、バカだなぁって思って」

「…?大丈夫ならよかった」

立っている伊月の方に顔を向けて、聞いてみた。

「ねぇ伊月。ルールの抜け道、思いついた?」

伊月は凛の顔を見返してきて、力なく首を振る。

「それが、全然分からないんだ。どうしたらいいのかも、人が死ななくて済む方法も」

伊月でも分からないのか。最初に会った時から、あの中で1番頭が良いのは伊月だと、何の確証もないのになぜかそう思った。もともと気が合いそうだったっていうのも、あったかもしれない。そして前の部屋の主を追い詰めていくのを見た時、それは確証に変わった。誰よりも生きたがっていて、諦めが悪くて。そんな伊月ですら、分からないなんて。

「凛、立てるか?」

「それが、力が入らなくて」

「そっか」

伊月は少し考えて手を差し出してきた。

「何?」

「いや、掴まって、ってことなんだけど」

「あ、そう?ありがとう」

おずおずと伊月の手を掴むと、ぐっと上に引き上げられる。だけどやっぱり力は入らなくて足がフラつく。すると伊月は、腕を回して肩を支えてくれた。顔が近いので、伊月の表情がよく見える。強張ってはいるけど、周りの人ほど怯えてはいない。薄々勘付いていたけど、伊月は間違いなく普通ではないのだろう。自分とは違うんだな、と凛は少し顔を曇らせた。味方だからこんなにも頼もしいということは理解していた。女の言葉が、凛の胸に重くのしかかっていた。壁際まで連れていってもらい、ずるずると座り込む。そんな凛の様子を見て、伊月はくすくすと笑った。

「な、なんで笑うのよ」

「いや、あんなに堂々と私は最後でいいって言い切ってたのになぁと思って」

「それは言わないで!私だって今さらだけど思ってるわよ、なんであんなこと言ったんだろうって」

伊月は微笑んだままわしゃわしゃと頭を撫でてきた。

「何?ちょ、ちょっとやめて、ぼさぼさになるから」

そう言うと、また笑われる。むっとなってやり返してみた。

「うわっ」

凛の突然の反撃に、伊月は驚いていた。撫でてくるのをやめたので、ぼさぼさになっているところをなおす。伊月もまた、ついさっきまでの凛のようにむすっとしていた。そんな伊月を見て、凛は思わず笑う。なるほど、伊月もこんな気持ちだったのか。

「笑うな」

と伊月は言うが、それでも凛は笑い続けた。顔を見合わせると、伊月も吹き出した。たった今生きるか死ぬかのゲームをしているはずなのに、今までで1番落ち着いていた。いや、怯えに気づかないふりをしているだけかもしれない。こんな風に笑うことがあるとは…。

「凛?」

伊月が凛の顔をのぞき込んでくる。それでも凛は笑い続けた。

「凛」

名前を呼ばれる。伊月が真剣な顔で。それでもまだ。狂ったようにずっと。

「笑わないで。笑わなくていい」

自分の笑い声が、だんだん小さくなっていくのが聞こえる。嗚咽が混じり始めた。視界がにじむ。ぽたぽたと、涙が落ちた。凛が泣いている間、伊月は隣にいてくれた。慰めるような声をかけることもなく、ずっと、ただ静かに。それだけですごく安心できて、少しずつ嗚咽も小さくなっていった。

「落ち着いた?」

優しい声で伊月が聞いてくる。その言葉に頷く。

「それは良かった」

未だに銃声は聞こえず、2回目の人たちが戻ってくる気配もない。順番を決めるのでもめているのだろうか。

「ねぇ伊月」

「何?」

「ルールの紙、見せて」

「いいよ」

凛が泣いた理由を、伊月は聞かないでくれた。凛も言いたくなかった。伊月から受け取ったルールの紙を広げて、2人で覗き込む。

「やっぱり、抜け道らしい抜け道がないんだよな」

「そうね。ルールとしては、これで完結してる感じ。だけど、この中から何かを見つけなきゃたぶんこれは終わらない」

ロシアンルーレットをしている方を見て、凛は言う。

「だよなぁ」

もう既に、今の時点で2人が亡くなっているのだ。

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