第20話

男は震えた手で、銃を恐る恐る受け取った。

「それ、自分で回してもいいわよ。気が済むまでね。ただ、10秒しかないことをお忘れなく。はい、スタート」

ガチャガチャと回し始める男。その顔は今にも泣きそうだった。

「ふふっ、いいわね。その表情。恐怖、絶望、怯え、悔しさ。もっと見せて?」

もう1回言っておこう。こいつ、趣味悪すぎ。気持ち悪いを通り越してもうなんか怖い。男は、ビクビクと自分のこめかみに銃口を向ける。息はどんどん荒れて、過呼吸気味だ。

「ほら、早くして。もうあと3秒よ?」

「う、うわぁぁぁぁぁ!」

叫び声をあげて引き金を引いた。カチリ、と音がしてリボルバーが回る。銃弾は、まだリボルバーの中。男は血の気が引いた顔をして、ガクリと膝をつき、深く息を吐いていた。

「あら、運が良かったわね?死なずに済んだじゃない。それにあなた今、最っ高だったわ!生きてるって感じで」

にこにこと男の手から銃を取り、優しく頭を撫でている。男は恐怖のあまり、動くことすらできないでいた。伊月は、自分の顔が歪んでいるのが分かったが、その表情を直す気にはならなかった。

「はい、次はあなたね」

「お、おう…」

浩の番らしい。1番目の男ほどではないが、浩も怯えてはいる。しょうがないことではあるだろう。命を賭けたゲームなんて、一生のうちで経験することなどなかったはずだ。実際、想像もしてなかったし。

「それじゃあ、スタート」

浩はリボルバーを回さないようだ。そのままこめかみに向けている。目を閉じで、何度も深呼吸をしている。大きく息を吸って、引き金を引いた。また、カチリ、と音が鳴るだけだった。

「はぁ……」

吸った分の息を吐き出して、浩は女に銃を渡す。女はというと、少し不満そうだった。

「つまんないわ。さっきの人みたいにもっと怯えてちょうだいよ」

「えーっと……」

「もういいわ。終わっちゃったんですもの。あなたは楽しませてくれるかしら?」

3番目の人に渡す時に、やけにプレッシャーをかけていく女。

「ひっ…」

当然だけど女の人は怯えている。

「スタート」

「あ、あぁ…」

ちゃんと持っていても、手が震えて落としそうになっている。そして、もうすでに泣いていた。

「いや、いや…。どうして、こんなこと…」

「うふふ、いいわねぇ。やっぱりこうでなくちゃ」

女の嬉しそうな表情から目を逸らした。何がそんなに嬉しいのか、全く理解できない。

「ほら、あと5秒よ?よーん、さーん、にーい…」

バン。隣で大きく鳴り響いた音。思わず目を見開いた。だけど、隣の方を見ることはできなかった。視界に、微かに映る女の人の姿は、あっという間にまた見えなくなった。一瞬遅れて「どさり」と何かが倒れる音と「ガチャン」と何かが落ちる音。誰かが息をのんだ。悲鳴すら、あがらなくて。沈黙だけがその場に残った。だけど、その沈黙をすぐに女は破る。

「あははははは!絶望の顔!どうしてって言ってたわね?どうして?その質問にはもう答えを与えられてるはずなのに!」

狂ったような笑い声をあげるくせに、その目は少しも笑っていなかった。満面の笑みのはずなのに、なのに異常。

「伊月…?」

浩が、まるで何をしているんだと言わんばかりに聞いてきた。そう。伊月は、黙って女の人の手から滑り落ちた銃を拾っていた。

「良かったわね、凛ちゃん、伊月。もうあなたたちは死ぬかもしれないと怯えることなく引き金を引けるわ!2人の怯えた表情を見ることができないのは残念だけど」

伊月も凛も、何も言わない。

「ほっとしてない、なんて言ったら嘘になるよな」

ぽつりと呟いていた。女の人のそばにしゃがみ込んで、そっと目を閉じさせてやりながら。まだ温かかった。当然か。つい数秒前まで生きていたんだから。あと23人。

「そうでしょう?あぁ、いいものを見せてもらったわ」

「人が死ぬのを見て嬉しいの?」

凛が問う。

「違うわ。死ぬ間際のあの絶望の表情が、たまらなく好きなのよ。死にたくないって無様に泣きわめくのもアリだけど、やっぱり顔ね。顔が1番だわ」

根本的に価値観が違う。薄々勘づいてはいたけど、改めて思い知らされた。

「伊月、もう恐れるものはないんだからすぐ撃てるわよね?10秒もいらないでしょう」

「あぁ、いらないな」

「はい、じゃあスタート」

カチリと音が聞こえる。そのまま凛に渡した。

「もう、そんなに睨まないで?怖いわよ」

「思ってないくせに」

「あら、バレちゃった?うふふ。はい、凛ちゃんスタート」

すぐにカチリと聞こえた。

「はい、第1回目は終了〜。次、2回目の代表者を選んでね?あ、選び終わったあとに、交代って感じで階段降りてきてね」

あと何回繰り返されるんだろう。生き残るのがクリア条件なら、いつ終わる?

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