第18話

階段のすぐ側に、撃たれた男が横たわっていた。後ろにいた人は、いつの間にか移動していた。ちょうど階段を塞ぐように横たわっているものだから、またがないと登れない。遺体をまたぐなんて罰当たりな気もするが、成人男性1人分となると、かなりの重さになる。伊月にはどかすだけの余裕もないのでしょうがなくまたぐ。

「伊月…」

「どうしたんだ?」

振り返ると、凛が遺体の前で立ち止まっていた。凛の顔には、なんと言ったらいいか分からない、怯え、というか恐れのような表情が浮かんでいる。

「凛?」

「私、行けない」

消え入りそうな声で凛が言う。

「またげない…。この人のこと」

心なしか、顔も青ざめているように見えた。

「あら、どうして?さっきも言ったけど、所詮は赤の他人でしょう?」

さっきよりも声が近い。伊月は後ろを振り返ってみた。すると女はいつの間にか、伊月のすぐ後ろにいた。

「できない。行けない」

駄々をこねている子供を諭すように優しい声で女が言う。

「それはもう死んでるのよ。今さらそんなこと言ってる場合じゃないでしょう。後ろもつまってるの」

「でも…!」

凛は力なく首を振った。

「ねぇ、時間があると思わないで?私は伊月と約束したから誰も撃たないわ。でも、これから始まるゲームに参加できなかったら、どうなるか分かるでしょう?」

女の声に苛立ちが混じる。

「できない」

凛ははっきりとそう言い切った。女がため息をつく。

「伊月にはできたのよ?なら凛ちゃん、あなたにだってできると思うんだけど?」

肩に手を置かれて、ビクッとなった。前の部屋のあの少年とは違う恐怖。あの時は動けた。でも今は…。女とした約束は、所詮、口約束でしかない。守るも守らないも女次第。いつ約束を破るか分かったもんじゃない。そして何より、伊月はこの女が嫌いである。だって、なんか気持ち悪いんだよな…。

「いいえ。できないわ」

それでもなお、はっきりと凛は首を振る。そんな凛を見て、女はため息をついて銃を構えた。凛が身構える。

「私はね、伊月と遊びたいの。でも凛ちゃん、あなたとも遊びたいのよ?」

パン、と耳元で銃声が響く。2回、3回と。

「全く、我ながら甘いわね。でも、またがなければこちらにこれるんでしょう?なら、どかしてあげるわ」

そこまで言って、女は首を傾げた。

「銃で撃っても死体って動かないのね?初めて知ったわ。あー、めんどくさい。というか触るのも嫌なんだけど」

遺体の前まで階段を降りていって、ドン、と強く蹴る。ゴロリと動いた遺体は、けれどそれでもなお階段を登る通路を塞いでいる。

「ねぇ、手伝ってくれる人はいない?さすがに1人じゃ動かせないんだけど」

女は周りを見回すが、当然そんな人はいない。くるりと顔を伊月の方に向けた。そしてにっこり笑う。

「ね、手伝って?」

「嫌だ」

伊月は、ほぼ反射的に言った。

「どうして?」

「どうしてって言われても…」

「伊月はまたげたでしょ?なら大丈夫よ」

何がどう大丈夫なのか。

「もう1回言うわ。手伝って」

しっかり銃を構えている。それも伊月や凛にではなく、その他の人に。

「それ、脅しって言うんだけど…」

わざとらしくため息をついてみせると、女はくすくすと笑った。

「あなたとした約束は所詮、口約束。守るも守らないも私次第だと、伊月なら気付いているでしょ?」

「……」

「別に手で運べって言うわけじゃないのよ?一緒に蹴ってくれればいいの」

それが嫌なのに。が、脅しは脅しだ。

「ほら、早く」

「……」

女の隣に並び、遺体に足をかける。

「はぁー…」

「もう、そんなに深いため息つかないの」

「だって…」

そんな伊月と女を見て、凛や浩を含むその他の23人が、信じられないという顔をする。

「伊月…?」

凛が恐る恐る、といった感じで聞いてくる。

「何?」

「何、してるの?」

「伊月は、私と一緒にこれを蹴ってくれるのよ。聞かなくても分かることだと思うけど?」

「私は伊月に聞いてるの」

女が肩をすくめた。

「何って、さっきこの人が言った通りだけど」

「なんでそんなことができるの?」

「これ以上この人みたいに誰かが死ぬのを見るのが嫌だから」

「でも、だからって…」

「ほらほら、伊月。せーの、で蹴るわよ」

女は凛の言葉を遮るように伊月に言った。肯定するように、伊月も頷く。

「せーのっ!」

思いっきり、ではないけどある程度は力をこめて遺体を蹴った。その遺体はゴロゴロと転がって、人が通れるくらいの間があいた。その様子を伊月はなんとも言えない気持ちで眺める。

「はい、凛ちゃん。これで通れるでしょ?」

「………」

凛は黙ったまま。

「早くして」

ぞろぞろと、また人が移動し始めた。そして凛と女がすれ違った時、女は凛に何か話していた。凛はその言葉に驚いたのか、ピタリと歩くのを止め、呆然としている。そんな凛を尻目に、女は伊月の隣まで来てくすくすと笑った。

「何?」

「いーえ?やっとあなたとゲームができるなって思って。うれしいわ」

「凛に何て言ったの?」

「あら、気付いてたのね。でも、大したことじゃないわよ?伊月、あなたが気にすることでもないわ」

「…そうか」

「えぇ」

女はずいぶんと機嫌がいい。

「伊月、凛ちゃんを連れてきてくれない?ずっと止まったままみたいだし、私じゃ逆効果になると思うから」

階段を登りきったところで、女にそう言われる。振り返ってみると、たしかに凛は未だに呆然と突っ立っていた。凛のところまで行き、声をかけてみる。

「凛?」

「……」

「なぁ、行かないの?」

ハッとしたように凛が伊月の方を見る。

「あ、行く…」

伊月の隣をすり抜けて、凛は小走りに階段を駆け登っていった。どうかしたのだろうか?俺が何かしたのか?いやいや、そんな心当たりはないし…。伊月は考えてみたが、凛の様子が変なのは間違いなく女の言葉のせいなので、伊月のせいではない。ただ、凛の顔が暗かったのもまた間違いではないだろう。

「……?」

疑問に思いながらも、伊月は凛のあとを追った。

「さて、ここでルールを説明します」

女が紙をひらひらとさせながら口を開く。

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