第2の部屋
第17話
「…えーと、これどうなってんの?」
一足遅く他の24人のあとに続いて次の部屋に入った伊月は、状況を飲み込めないでいた。
「見たまんまよ」
凛がそう答えるも、到底理解できるはずもなく。部屋の状況はというと、なぜか目の前に広がる壁には焦げた跡のようなものがついていて、凛は伊月の方を見ている。他の人たちは何が何だか分からず困惑している様子。壁の焦げ跡から見るに、銃で撃ったのだろう。手の届かない位置が焦げていた。
「あら、最後の1人が来たのかしら?」
そして、どこから聞こえてくるのか分からない女の声。焦げた壁の向こうにいるように見えるのだが、普通ならそれはありえない。そして辿り着いた結論。
(何これ?)
凛だけ後ろを振り返っているし、壁が焦げてんのに、その奥に女がいる。ほんとに何なんだ?伊月も困惑していた。
「他の人たちにはもう言ったけど、あなたにも忠告しておくわね」
「忠告?」
「えぇ。そこからこちらに来ないでね。じゃないと死んじゃうわよ?」
確かに銃を持っている。
「あと、おしゃべりするのはおすすめしないわ。私、おしゃべりな人のことが嫌いなの」
つまりしゃべったりすれば撃つってことか。今の状況からすると何かに気づいたのは凛1人だけ。壁を撃ったのも凛…だろうな。
「こちらに来ないでって、あんたの方に行ったら撃つってこと?」
「そういうことよ」
だとすると、このまま歩き出したら伊月は間違いなく撃たれるということになる。けど、凛は1人だけ壁の方まで行っている。それなのに撃たれていない。壁には焦げた跡があって、その奥に女。伊月もまた、壁に向かって銃を構えた。女は怯える様子もない。そのまま銃を撃った。焦げ跡がもう1つ、壁につく。
「あら、何するの?」
「銃を撃っただけだけど」
言いつつ、伊月もまた凛の方へ歩き始めた。
「いきなり銃を撃ってくるなんてひどいじゃないの」
「当たってないんだからいいだろ」
くすくすと女は笑い、
「あなたが伊月ね?それでそっちの女の子は凛ちゃんであってるかしら」
と言った。だからなんで名乗ってもいないのに名前を知ってんだ、と伊月は心の中で呟いた。凛の隣まで歩いて、くるりと振り返る。
「あぁ、そうだよ」
言いながら伊月はまた銃を構えた。やっぱり。鏡に女が映っていただけ。銃を撃ったってあたるはずもない。鏡越しでも見えたが、またしても真っ白な服。いや、ドレス、と言ったほうがいいのか?前の部屋の少年もそうだったが、部屋の主は白い服じゃなきゃダメっていうルールでもあるんだろうか。
「伊月、なんで凛もお前も歩けんだよ。しかも、どこに向かって銃を構えているんだ?」
浩が聞いてきた。隣で梓もぶんぶんと頷いている。
「おしゃべりはダメなんだろ?浩、たまには自分で考えてみたらどうだ」
このセリフだけ聞くと、なんだか悪役になった気分だ、と伊月は思った。が、いつも人に聞いてばかりの浩には別にいいかと思い直す。
「ずいぶんと辛辣ね?伊月」
しゃべれなくなるかもしれないんだから当然だ。本当に厄介なルールを課してくれたもんだ、と伊月はげんなりした。
「あんたとは初めて会ったと思うんだけど?」
「そうよ?初めまして」
「なんで俺の名前も、凛の名前も知ってるんだ?」
「おしゃべりな人が嫌いって言ってるのに、ずいぶんとしゃべるのね?」
「質問に答えてくれないかな」
撃たれたくはないけど聞かなければ何も分からない。
「いいわよ。強気な子は嫌いじゃないわ」
顔が引きつる。せめて嫌いであってほしかった。伊月からしてみれば、この女は嫌いなタイプである。
「あなたたちのことを知ってるのはね、教えてもらったからよ」
「誰に?」
凛も聞いた。
「あなたたちが一番最初にあった人。のっぺらぼうのお面のね」
情報を共有でもしてるのか?
「なんでその伊月ってのが俺だと思った?」
「私が聞いた印象はね、伊月。あなたは大胆で怖いもの知らず。そしてここにいる誰よりも生きることに貪欲。まぁ多少は私の勝手な想像もあるけど、あまりにもイメージぴったりだったものだから自分でも驚いてるわ」
開いた口が塞がらないというか、なかなかのアホ面になった気がする。多少どころかほぼ勝手な想像だらけだった。誰が大胆だって?怖いもの知らず?そんなわけない。死ぬのは怖い。
「…そ、そうか…」
それしか言えなかった。他になんて言ったらいいのか思い浮かばない。
「それより、早くゲームをしましょう?私、待ちくたびれちゃったの。だから伊月も、その物騒なものをこちらに向けないで?」
「ルールの紙は?」
「ここにあるわよ。あぁ、そっか。私が言ったんだものね。もういいわよ、こっちに来ても」
「行きようがない」
凛がぼそりと呟く。実際、本当に行けない位置に女はいた。二階、とまではいかないがまず間違いなく届かない高さ。とりあえず伊月は、構えていた銃を下ろした。普通に腕が疲れたってのは内緒だ。
「あら、ごめんなさい」
謝る気全くなしのごめんなさいを言い、にこやかに笑いながら、女は壁のスイッチを押した。また床が揺れ始める。今度は階段が現れた。どういう構造になってんだか。階段が現れたことで、女がどこにいるか認識していなかった人たちが後ろを振り返る。
「これで登ってこれるでしょう?」
その言葉を聞いた他の人たちが階段を登ろうとしたとき、女は銃を構えた。
「な、なんでだよ!登ってこいって言ったのはそっちだろ⁉︎」
一番前にいた男が喚いた。
「私が登ってきてって言ったのは凛ちゃんと伊月だけよ?何を勘違いしてるの?」
「で、でも…!」
なおも言い募ろうとする男を見下ろして、女は冷たく言い放った。
「私、言ったはずだけど。おしゃべりな人は嫌いだって」
女の周りの空気が急に冷えたように感じた。そして、パン、と大きく鳴り響く銃声。
「え、あ…」
撃たれた。そう判断するのに数秒を要した。それほど、当たり前のように銃弾は放たれていた。撃たれた男はのけぞり、すぐ後ろにいた人の方へと倒れこむ。叫び声を上げることすら出来ずに。また、1人死んだ。その場の全員がまたしても固まって呆然とする中、部屋の主であり、銃を撃った本人である女はやっぱり何も変わらずに伊月と凛に話しかけてきた。
「どうしたの?早く登ってきてちょうだい。待ちくたびれたって言ってるでしょ?」
「…どうして」
低く唸るような声で凛が問う。
「何が?」
「どうしてその人を撃ったの?」
質問の意味が理解できないという様子で女は首を傾げた。
「なんで撃ってはいけないの?」
「わざわざ殺す必要なんてなかった」
「だってうるさかったんだもの」
「…」
凛が言葉を失った。うるさかった。ただそれだけで人を殺した。凛には理解できないこと。もちろん伊月にも理解などできないが。
「そんなにおかしいこと?あなたにとってその男はどんな存在だったの?」
「それは…」
「赤の他人でしょう。ならどうしてそんなに怒るのかしら。誰が死のうが関係ないじゃない」
狂ってる。誰もがそう感じた。
「あなた、おかしいわ。人を殺してはならないって習ったはずよ」
「それは社会での常識でしょ?私にとってそれは常識じゃないの。あなたにとっての普通と、私にとっての普通は違うじゃない。習った?確かに習ったわ。でも、納得できなかった。人を殺すことはなぜ許されないの?そんなにダメなこと?私はそうは思わない」
だから、と女は今しがた自分が撃った男を見下ろして言う。
「私は私が思った通りに生きるの。そんなルールに従ってやる義理はないし理由もない。これが私の普通。そしてここは私の部屋。私の常識に従ってちょうだい?」
返事をする者は誰もいないが、それを肯定として受け取ったのだろう。女はまたにっこりと笑った。
「凛ちゃん、あなたも違うのね」
「何が?」
「いいえ。言っても理解できないだろうから言わないでおくわ」
さて、と手を叩いて女は言う。
「ほらほら、早く登ってきて」
「他の人たちは?」
「他?他は私にとってはどうでもいい。私はあなたたち2人と遊びたいのよ」
「どうでもいいなら、俺たちだけじゃなくてもいいよな?」
「まぁ、そうね」
「約束しろ。ゲームのルール以外で勝手に人を撃つな。そして、俺と凛以外も階段を登らせること」
「いやよ」
「なら俺は登らない。残念だなぁ、つまらない時間がまだ続くぞ」
女の顔から表情が消え、声も冷たく鋭くなる。
「撃たれたいの?」
「俺と凛と遊びたいんじゃないのか?」
汗がふきだして、頰をつたっていく。うわぁ、心臓の音うるさっ。つーか怖すぎんだろ。嫌いなタイプだけど顔は整っている。美人が怒ると迫力があるなんて、よく言ったもんだよな、ほんと。
「はぁ…。そうね、私はあなたたちと遊びたいんだもの。撃つなんて有り得ない。しょうがないけどいいわ。約束してあげる」
は、と息を深く吐いた。
「伊月、大丈夫?」
凛が心配そうに聞いてくる。伊月はぶんぶん首を振って否定した。
「全っ然大丈夫じゃない。怖かった。死ぬかと思った。もうほんとに」
勢いよく否定しすぎたのか、凛は少し笑った。笑ったとこ、初めて見たかもしれない。
「大丈夫じゃないならやらなければいいのに」
「いや、これは譲れなかったもんで」
「ありがとう。私には伊月みたいには出来ないから。みんなも一緒に行くことを約束させるなんて」
凛が伊月の方を見た。
「いやいや、あそこまで自分の意見を言うほうがすごいよ。俺にはそっちの方ができないから」
2人して吹き出す。まさかこんな状況で普通に笑えるとは思っていなかった。
「伊月、怖いもの知らずなのね」
「それを言うなら凛の方が」
「いやいや、伊月だよ」
「いや凛が…」
互いに言い合いをしていると、
「こらー!そこ、イチャイチャしない!」
と女が叫んだ。
「別にしてないけど?」
「目、大丈夫?眼科行った方がいいわよ」
女と伊月と凛が繰りひろげる漫才に、浩や梓、他にも何人かが我慢できずに吹き出していた。浩や梓も、なかなかに大物だ。
「もー!いいから早く登ってきて!約束したんだから!」
「分かったよ」
凛と2人して、階段の方へと歩き出した。
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