第14話

「凛」

静かな声で名前を呼ばれ、凛は驚いた。あまりに突然のことで。

「な、何?」

チラリと視線だけを凛に向け、伊月は何も言わなかった。どういうこと?何をすればいいの?いや、それよりも。

「伊月、逃げて!」

伊月は首を振って凛を見つめる。ヒントも答えも言えない伊月は、きっとルールの抜け道を見つけたのだ。だから何も言わないのだろう。だけど凛にはその抜け道が分からない。

「武器」

「え?」

浩がぼそりと呟いた。

「武器、構えてみようぜ!伊月みたいにさ!」

そう言って浩も銃を構える。少年が一歩下がった。そんな少年の様子を見て、他の人たちもそれぞれ自分が持っている武器を構えはじめる。それにならって、凛も銃を構える。伊月は少し笑って、また少年の方を見る。そして、一歩踏み出した。少年がまた一歩下がる。他の人たちは少年の周りを、どんどん取り囲んでいく。

「なぁ」

伊月が少年に呼びかけた。

「何?」

聞こえるその声には、少し焦りが混じっているように感じた。

「鬼ごっこは楽しかった?」

きっとクリアには関係のない会話。でも、誰も止める気にはならなかった。

「そう、だね。今回は伊月だけじゃなくてみんなも結構避けてたりしたから、今までで一番楽しかったかも。でも、伊月だけは僕が殺したかったなぁ」

少年はほんの少しだけ寂しそうに笑っていた。ジリジリと檻の方へ追い詰められているというのに。

「それは残念だな。お前は俺を殺せない」

「うん、それは分かってる。だけどさぁ、他の奴に、この先にいる奴にも殺されないでね?」

「当たり前だろ?死にたくないんだから」

「ふふっ、そっか。そうだよね」

コン、と少年の足が檻にぶつかった。

「あーあ、ゲームオーバーかぁ。もっと遊んでいたかったなぁ」

「俺は、お前と遊ぶのもう嫌だね」

「えぇ、なんでさ。いいじゃん」

「良くない。いいから早く檻に入って。そんで鍵閉めて」

「はいはい」

伊月とその少年は、なぜか対等に見えた。少年の方が優位に立っていたはずなのに。そして、二人とも楽しそう。ずっと待っていたのだろうか。伊月みたいな人を。

「ほら、鍵閉めたよ。だからその銃をこっちに向けないでよ」

ガチャリ、と音を立てて大きな南京錠が閉まった。

「その前に」

伊月はすっと手を差し出した。もちろん銃は構えたままで。

「何?握手したいの?」

「んな訳ないだろ。その南京錠の鍵よこせ」

ちぇー、とすねた顔をして、少年は鍵を投げた。

「それくらい見逃してくれたっていいだろー」

「やだね。言っただろ、もうお前とは遊びたくないんだって」

鍵を拾いながら伊月が言った。

「楽しかったのにな」

「俺は楽しくないの。大体、人が殺されてんのに楽しいわけないだろ」

伊月のその言葉を聞いて、少年は一瞬きょとんとして、クスクスと笑いだした。

「何」

「いーや、別に?そうなんだなーと思って」

はぁ、と伊月がため息をついた。

「大丈夫?」

「まーね。結構、というか思ってたよりも疲れた。こんなに走るとは…」

うん、大丈夫だな、と凛は少しホッとした。まだ全然知らないけど、少なくともほんの少しだけ知っている伊月に戻った。

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