第13話

ピョン、と軽く跳んで床に降りると、その少年は伊月たちの方へと歩いてきた。

「それにも書いてあるとーり、武器を使うのはアリだよ。もちろん僕も使うんだけど」

スッとポケットから取り出したのは1本の小さなナイフ。

「僕のはこれだけだよ。じゃあ、鬼ごっこスタート!」

言い終わると同時に、ものすごい速さで走りだす。

「なぁ、なんで俺の方に向かって来るの?」

「伊月が1番楽しそうだから。それに、ちゃんと避けれてるじゃん」

「避けなきゃ死ぬなら、そりゃ避けるだろ」

というか、こんな悠長な会話をしていられるほど体力ないんだけど?もう既にキツい。そんな伊月に対して少年は、少しも息が乱れていなかった。

「ふふっ、楽しい!こんなに避けれる人いなかったんだよ?すごいね、伊月!」

「そりゃどーも!」

死にたくないから頑張ってるだけだ。ものすごい速さでナイフが目の前に迫るのを避けると、少年はピタリと止まった。

「やめるの?」

「うん、1番楽しそうな伊月を最初に殺しちゃったらつまんないでしょ?」

「そもそも面白くともなんともないけど」

とりあえず心臓が悲鳴を上げていたので、これくらいでやめてくれたのは正直ありがたい。

「だからぁ、先に他の人を狙うことにする!」

くるりと振り返り、また、ものすごい速さで走り出した。タフにしても程がある。体力オバケか。

「伊月!」

はぁ、と深いため息をつきながら座り込んだ伊月のそばに、凛が走ってきた。

「大丈夫?」

「うん。かすったくらいだから」

ホッとしたように、凛も息をついた。

「それよりも…」

凛が言いかけた時、悲鳴が響いた。そのあまりの悲痛さに伊月と凛は、いや2人だけでなくその場にいる全員が固まった。

「1人つっかまえたー!」

楽しそうな少年の声も響く。凛の顔から血の気が引いた。壁を1枚隔てているので、向こうで何があったのかは分からない。いや、そんなことはないか。容易に想像はつく。

「ねぇ、伊月。あの部屋の主を倒す方法なんてあるの?」

伊月がそれを答えられないのは知っていて、それでも聞かずにはいられなかったのだろう。そして伊月自身、その答えはまだ見つかっていない。

「次はぁ〜、誰にしようかな!」

このままだと、もれなく全員死亡コースだ。死にたくはない。だけど、どうすればいいんだ?必死に考えている間にも、次々と人が殺されていく。

「伊月、必死に考えたって見つからないよ?」

少年が言う。

「うるさい」

「でもぉ、諦められちゃうとつまんないからな。頑張ってね?」

さらにまた1人、殺された。これで5人目。ルールの裏なんて知るかよ!こんな状況でそんなの見つけられる訳がない。頭を抱えてしゃがみこむ。考えろ、考えろ、考えろ!死にたくないんだろ?ルールの裏なら、必ずあるはずなんだから。

「伊月?」

「凛、逃げてていいよ。俺はちょっと真剣に考えるから」

「でも…」

「いいから。大丈夫、多分あいつ、俺のことは最後までとっとくだろうし」

不安げにしながらも、凛は走っていった。予想が外れて殺されてしまったとしても、それはそれでしょうがない。結構怖いけど。チラリと、あの少年が伊月の方に向かって走ってくるのが視界の隅に映った。いや、伊月に向かって、ではないのかもしれないが。相変わらずのものすごい速さ。一瞬、ビクリと体が震えたが、それでも伊月はしゃがみこんだまま考え続けた。少年がピョン、とジャンプする。殺された人の体を飛び越えたのだ。

「…飛び越えた…?」

何かがおかしい。今いる場所からでは檻が見えないので、見えるところまで移動するために立ち上がって走った。檻の方を見るが誰もいない。部屋の中を見回す。5人分全員は確認できないが、少年に殺された遺体はそのまま転がっている。それはつまり。

「あぁ、なるほど」

そう言った伊月の口は、弧を描いていた。が、伊月自身はそれに気づいていない。伊月は立ち止まる。少年は、走るスピードを緩めなかった。伊月が、まっすぐ銃を構えるまでは。

「伊月⁉︎」

凛が叫ぶ。

「どーいうつもり?」

立ち止まって、少年も言う。

「武器、使っていいんだろ?」

「そうだね。でもまさか、銃を持ってるとは思わなかったなぁ」

相変わらず余裕そうな声。

「凛」

聞こえた自分の声は、思っていたよりも落ち着いていた。

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