第8話

「かかった?」

「えぇ。でも、誰も出てくれなければ意味ないし、そもそもどこにつながるかも分からないけれど」

待つこと数秒。出るの早いな。

『もしもし』

「もしもし」

凛が答える。

『どうしましたか?』

「あなたが誰なのか教えて欲しいのだけど」

電話の向こうで、誰かが押し黙った。

『…それは困りましたね』

全然困ってなさそうな声で言われる。

「どうして?」

『名前、というものがないですから』

「名前がない?」

『はい』

凛も黙った。

『名乗ることはできませんが、この選択肢を選ぶことが出来たあなた方に、少しヒントを』

ヒント?3人で顔を見合わせる。

「ヒントって何?」

『それはもちろん、このゲームで生き残るヒントですよ』

生き残る、というワードを聞いて、3人の顔つきが変わった。

『部屋の主。彼らもまたプレイヤーです。あなた方とは違うルールですが』

あの狐面もプレイヤー、ということか?

「意味が分からないわ。そもそもあなた何者なの?」

『至極当然の疑問ですね。私が何者か、ですか。フフ、私とは、既に会っていますよ』

「え?」

『それと、まだヒントはあるんです』

「教えてもらえるの?」

『えぇ。聞きたいでしょう?』

「もちろん」

『部屋の主たちもプレイヤーであるならば、あなた方と対等の存在ということになります』

「分かりやすく言って」

『分かりました。簡単に言うなら、部屋の主が命を奪うルールを決められるように、あなた方も彼らの命を奪える、ということです』

「つまり、わざわざ命をかけてルールを守らずとも、部屋の主をこ…いや倒せばいいということ?」

『はい。その通りです』

殺す、という言葉を使わなかったのはなぜだろう。伊月はまたしても1人、違うことを考えていた。

『ところで、そちらには今何人いるんです?』

「3人よ」

『名前をお伺いしても?』

「えぇ。聞いといて私たちも言わなかったのは失礼だったわね」

『いえ、構いませんよ』

「今話しているのが私、神崎凛よ」

「俺は狩谷浩だ」

「俺は高村伊月だけど、もう知ってるよな?あんた」

伊月のその言葉に凛と浩が驚いた。

「伊月、どういうこと?」

「俺たちがもう既に会っている共通の人物。そんなのここに来てからしかいない、と思う」

『……』

凛は分かったようだ。まさか、という顔をしている。

「なぁ?名前は知らないけど、のっぺらぼうのお面を被ってた人」

電話越しに、クスクスと笑い声が聞こえた。

『さすがですね、伊月様。やはり気付かれましたか』

浩は意外にも落ち着いていた。凛はというと、どういうことか分からず、考え込んでいる様子だった。

「そもそも最初からおかしかったよな、あんたの言葉。あなた方って、電話に出た時点で凛しか声を出していないのに複数形だったんだから」

凛がハッとした。

『それだけで気付かれてしまいましか?』

「それもわざとだったんだろうけど、それだけじゃない。この部屋、監視カメラあるじゃん。もともと怪しいなぁと思ってたけど、そこから監視してるって認識でいいんだよな?」

『えぇ。合っております。この電話の番号を見つけたのも伊月様、きっとあなたでしょう?』

「凛だけど」

「違うわ。伊月はヒントを出してくれた。私はその通りに探してみただけ」

『そうでしょう、そうでしょう』

と、満足気な声が聞こえる。

『スピーカーをオフにして、伊月様に渡してもらえますか?』

「…?どうして?」

『個別に話したいことがございますので』

凛がチラリと伊月の方を見る。伊月は小さく頷いた。凛からスマホが手渡される。

「もしもし」

『スピーカー、オフにしましたか?』

「したけど、何?」

『先に言っておきます。もう既に、こちら側で話し合って決めたことです。この決定は覆ることはありません』

「…何言ってるのか分かんないんだけど」

『伊月様。あなたにだけは追加でルールを加えることとなりました』

「……は?」

自分で思っていたよりも間抜けな声が出たと思う。凛と浩が伊月の方を見た。

『驚かれるのはもっともでしょうが、我々も予想外だったのです。凛様もルールの裏を読む、ということをしているご様子。しかし伊月様はさらにその上をいっています』

「それで?」

『このままでは、まともな勝負にすらなりません。ですのでルールを追加します』

「勝負も何も、いきなりどこか分からないところに連れてこられて命がけでゲームをさせられてるのに、何がまともな勝負だよ」

『……』

のっぺらぼうが黙った。

「裏を読む?当たり前だろ!ルールの通りに行動したって死ぬときは死ぬみたいだし、部屋の主とやらは勝手にルールを変えられる!これのどこが対等?まともな勝負⁉︎」

爆発した。自分でも止められない。唸るように発した声は、どんどん大きくなっていく。

「伊月」

凛が静かに伊月の名前を呼んだ。伊月はピタリと黙る。

「今あるヒントはそれだけよ」

言われなくても分かってる。分かってるけど。ふぅー、と息を吐いた。

『お怒りになるのも分かっております。しかし、もう変えられないのです』

「だから?何が言いたいんだよ」

『受け入れてください』

「ただでさえ難しいのに、なんでさらに難易度を上げられなくちゃならない?」

『決められたことなのです』

のっぺらぼうの奴は、同じことを繰り返している。きっと、これ以上のことは教えてくれないのだろう。

『それに、追加ルールに関してですが、難易度は上がりません』

「……」

難易度が上がらない?良くはないが、少しだけほっとする。

『伊月様への追加ルールは、‘‘人を助けてはならない’’です』

「意味が分からない」

『部屋を通るには、主を倒さなくてはなりません』

「そんなこと書いてない」

『書かれていなかったとしても、彼らは通しはしないでしょう』

「ふぅん、それが主側のルールってわけね」

『えぇ。本当に察しのいい方だ。部屋の主の倒し方。それは2種類あります』

「ルールに則ったほうと、殺す方と?」

『はい。その部屋の先から本格的にゲームが始まります。そして、その部屋までは例外です。その部屋はまだ準備のための部屋ですから。その部屋以降は、紙に書かれていないことをルールとして認められることはありませんのでご安心ください』

何を安心しろと言うのか。

『ルールは一筋縄ではいきません。しかしルールの本当の意味、もしくは抜け道に気づいたとしても、それが命に関わるルールだったとしても決して、誰にも言ってはならないのです。難しい内容ではないでしょう?』

「そのルールを破ったら?ルールなんだから、当然ペナルティはあるんだろ?」

『ございます。特別ルールですので、死、というわけではありません。ただ、しゃべることができなくなるだけです』

いやいや、だけ、ではないだろう。しゃべれなくなるだと?何をさらっと言ってくれちゃってんだ。死ぬよりはマシだけどそうなるのだって嫌だ。

『以上です。何か質問はございますか?』

「この部屋までが例外なら、あの狐面もプレイヤーじゃないってことか?」

『はい。彼もまた、私と同じです。ただ、私たちが何者なのかはお教えできません』

「それは別にいい。もう1つ。狐面以外にも人がいたけど、それもこの部屋まで?」

『えぇ。次の部屋からは主のみとなっています。2人いたならばその2人が主となります』

「ふーん、分かった。納得はしてないけどしゃべれなくなるのは嫌だから」

『最後に1つ。伊月様のみに課された特別ルールですが、凛様と浩様にはお伝えしても構いません。この電話を聞いているでしょうし。但し、お2人以外の方にはしてはいけません』

「分かった」

『では、ご武運を』

プツ、と音がして、電話が切れた。

「はぁー、疲れた」

「い、伊月?」

浩がおそるおそる聞いてくる。

「何?」

「いや、あんなにキレてたから」

「あぁ、あれは…」

「演技?」

凛も聞いてくる。

「うん、そう」

それを聞いて、浩がポカン、とする。

「えっ、演技?あれが?マジで?」

困惑もしているようだ。

「本心でもあったんだけどね」

演技でも怒るのってやっぱ疲れるな、と伊月は小さく呟く。すると凛が、

「演技だったって、言っちゃっていいの?」

と心配そうに聞いてきた。たぶん、監視カメラのことを言っているのだろう。

「たぶん大丈夫だと思うよ。あくまでカメラってだけで、音まで拾わないだろうから」

「なんでそんなこと分かるの?」

「電話番号の紙を見つけたのは俺ではないか、とあいつは聞いてきた。音も拾うなら、俺が凛に言ったことも聞こえてるはず。なのに確信を持って俺だとは言い切らなかった。けど、凛が1人で見つけたとも思ってなかったってことだろ?」

「なるほど」

黙って聞いていた浩が口を出す。

「なぁなぁ、そののっぺらぼうと話してた内容の方が気になるんだけど、教えてくれよ」

「そうね。時々、不穏な言葉も聞こえてきてたし」

「あぁ、2人には話してもいいって言われたから話すよ」

それから、のっぺらぼうの奴から聞いたこと、伊月にしか課されない特別ルールのことをざっくり説明し始めた。

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