第5話

すると、ドアの方から音がしたので近くまで行くと、話し声も聞こえた。

「おい、開かないぞ?」

「そもそもドアノブもないじゃないか」

「どうすんのよ!」

などなど。どうやら数人で一緒に来たようだった。なんかズルっ、と伊月は思う。狐面の男は、クスクス笑っていた。

「いやぁ、君らが引っかかってくれなかったからつまんなかったけど、普通ならこんな感じで慌ててるはずだったのに」

「悪かったな、引っかからなくて」

「ほんとだよぉ〜」

イラッとする言い方。それを自覚しているから余計にタチが悪い。

「どうすんの?このまま入ってこれなかったら」

ニヤリと笑って狐面の男が答える。

「だーいじょうぶ!ちゃんと入ってこれるから」

「入ってこれる、じゃなくて入らせるんだろ」

ぼそりとフードの男が呟いた。狐面の男がわめく。

「余計なこと言うなよ!」

「別に何でもいいんだけど?」

凛が冷めた様子で言う。

「まぁでも?今ドアの前にいる人たちが入ってきたら時間切れってことで。この部屋にいなかった人たちはどうすっかなぁ」

その声になぜか伊月はぞくりとする。

「この部屋では誰も死なないんじゃないのか?」

「死なないよ?死なせるわけないじゃん。それがこの部屋のルールなんだから。でも、ゲームオーバーになったら、なぁ?」

くるりとドアに背を向けて狐面の男は続ける。

「プレイヤーじゃない奴に対して、ルールが適用されることはない。この部屋の主は俺。ルールを決めるのも俺」

そしてまた椅子に座り、足を組んだ。無駄に良いスタイルなのがムカつく。

「俺は、この部屋に全員が来るまで待つなんてできないね。待つつもりもない。だから時間制限を決めた」

「そんなこと言われなかったわ」

凛が言うと、狐面の男はニヤリと笑った、気がした。お面してるから。

「そりゃ言ってないけど。でも、それを言わなきゃここに来れないわけ?生きるか死ぬかのゲームでしょ?」

「ゲームじゃない」

つい言ってしまった。狐面の男は伊月の方を見て首を傾げる。

「ゲームだよ?伊月、君たちみたいにプレイヤーとして参加してる方はそう思えないのかもしれないけど」

今度は凛が言う。

「参加してる、じゃない。参加させられてる、よ」

狐面の男は肩をすくめる。

「どっちでもいいよ。今、プレイヤーとしてここにいることには変わりないんだから」

伊月も凛も、何も言わなかった。いや、何も言えなかった、と言うほうが正しいのかもしれない。

「おい、なんか書いてあるぞ!」

こっちの空気も知らず、向こう側ではドアを開けようとやっきになっている。それから、ドンドン、と叩く音がした。

「おい!伊月、凛、いるんだろ⁈」

浩の声。だけど、伊月は答えられなかった。

「いいの?今言ったこと伝えなくて」

伊月と凛は顔を見合わせる。

「いい」

狐面の男とフードの男は、不思議そうな顔をした。

「何で?」

「お前が言ったことはその通りだと思ったし、俺は他の人を助けてやろうとするほどお人好しでもない」

その言葉を引き継ぐように凛も言う。

「生きたいと思ってるんなら、ここまで来れるでしょ。他人のことを心配してる余裕なんてないし」

狐面の男とフードの男が、2人して吹きだした。

「ほんっと君ら面白いね!ま、そんじゃそろそろ終了ってことで」

パチン、と狐面の男が指を鳴らす。ギィ、とドアが開いた。ポカン、と口を開けて伊月の方を見る浩。梓も周りにいる人たちもみんな同じ顔をしている。

「アホ面になってるけど」

「うるせぇ」

軽く小突かれる。

「はいはい、早く入ってー」

狐面の男がパンパン手を叩く。恐る恐る、人が入ってきた。狭くなりはしたものの、窮屈、というわけではない。人数を数えてみたが、やっぱり半分くらいには減ってしまっている。大体30人といったところか。それよりも。

「一体何人で来たんだよ?」

1人で来た伊月からしたらズルいと思ってしまう人数。そんだけいれば、そりゃ怖さも軽減する。そんな思いで聞いたものだから、つい半目になってしまった。浩はたじろいで答えた。

「さ、30人くらい?」

「ふーん」

聞いたくせに、興味なさそうな返事をしてしまう。これはしょうがないだろ、と心の中で伊月は言い訳をした。ため息をついて、今さらだ、そう今さら。と何度も言い聞かせて答える。

「別にいいよ。今さらだから」

「今さらってぇ…」

浩が情けない声を出す。これは、一言余計だったか。後悔はしないが。

「伊月ー、凛ー、こっち来てー」

狐面の男に呼ばれる。フードの男はそのすぐそばで腕を組んで立っていた。

「何で?」

「いいからー」

「やだ」

凛がしれっと言う。伊月もいやだと思っている。

「じゃあ俺らがそっち行くから」

「俺は行かないぞ」

フードの男もしれっと言う。

「なんなんだよお前らー。いいじゃんか」

駄々をこねる狐面の男。高校生の伊月や凛よりも幼く見える。

「そこで言えないの?」

「言えるけどさぁ」

「言えるんなら言ってよ」

「冷たい!ひどいよ、冷たすぎるよ!」

「あのなぁ、早くしてくれない?」

ちょっと、いや、かなりめんどくさくなって伊月も言った。

「あーもういいよ!分かったよ!」

なぜ逆ギレされる?とは思ったが、そこにツッコむとまた長くなりそうなので伊月は黙る。

「伊月と凛は、この部屋に1人でたどり着いた1、2番目の人だったので武器あげまーす」

一瞬シーン、となって、ざわめいた。

「そんなの聞いてない…」

誰かが呟く。

「言ってないよ?当たり前じゃんか」

「だけどそんなのズルいじゃないか。その2人だけ武器を持つなんて。それ聞いてたら…」

「もっと早く来たって?」

「それは、だって武器がもらえるなら…」

「お前らに1人であの道を通って来られたの?というか、伊月と凛に武器をあげるのは俺が気に入ったってのもあるから。少なくともお前らにはあげようとは思わないな」

またざわめいた。なんでこいつらが、という視線を感じた。だけど、伊月と凛は肩をすくめるだけだった。

「武器って何?」

凛が聞く。

「銃」

「ほんとに?」

「ホント」

ざわめきがさらに大きくなる。

「銃弾は?」

「ないよ」

使えねーじゃん、というのが顔に出た。まずいまずい。伊月は慌てて顔を元に戻した。

「銃弾は必要ない。光線銃だから」

なるほど確かに、銃弾はいらないな。

「私たち、銃なんて撃ったことないけど?」

「そのうち慣れるでしょ」

「…適当…」

ぼそっと呟いたのがまた聞こえてたのか、狐面の男は答える。本当に耳のいい奴。

「適当じゃないって。俺も何度か撃ってみたけど、これが意外と的に当たるんだよ」

くるりとフードの男の方を振り返って、

「ある?」

と聞く。

「当然」

フードの男は奥のドアを開け、中から2つの袋を持ってきた。伊月と凛の近くまで歩くのがめんどくさいからか、

「はい」

と言って投げてきた。袋から取り出して持ってみる。意外と重いな、と伊月は思った。

「はい、構えてみてー」

と言われたので、それらしく構えてみる。トリガーに指をかけ、狙いを定めて。

「うわぁ!」

バシュッという音がして、狐面の男が情けない悲鳴をあげた。

「危ないだろ!」

「いや、慣れるためにちょっとばかり練習をだな…」

「練習で人に向ける奴がいるか!」

「ここにいるじゃん」

「うるせぇ!」

いいじゃんか、当たんなかったんだから。なんて言ったら余計に怒りそうだ、と、伊月は黙る。というかそもそも当てる気もなかった。凛はというと、凛も狐面の男に向けて構えている。

「ちょっと凛さん⁈」

「何?というか気安く呼ばないで。それに、私あなたに名前を言った覚えはないんだけど?」

確かに。俺には聞いてきたのになんで凛の名前は知っているんだ?伊月は狐面の男の方を見た。

「え?だって自己紹介してたでしょ?伊月はその時にはまだいなかったから知らなかったけど」

両手をあげながら狐面の男が答えた。

「盗聴器?」

「人聞きの悪いこと言うなよ…」

「いやお前、事実だろ」

フードの男がすかさずツッコむ。

「まぁそれより!」

空気を変えるように狐面の男が言う。

「全員揃ったので次の部屋へ行きましょう!」

ざわめいた。全員?と思っているのだろう。

「まだ全員じゃないけど…」

どこかから、そんな声が上がる。

「いや、全員だよ。今、この部屋にいるので全員」

「え…」

混乱しているのか、ざわめきが止まない。まぁ当然だけど。と、背中をつつかれる。振り返ってみると、浩がつついているようだった。

「何?」

「これ、どういうことだよ」

「あの狐面が言った通り、ここにいる人で全員ってこと」

「まだあっちに残ってる奴らは…」

「あいつら風に言うと、もれなく全員ゲームオーバー」

浩が黙りこんだ。

「ほらほら、早く行くよー」

と言いながら、狐面の男はドアの向こうへ行った。またも恐る恐る、全員ついていく。

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