第2話
のっぺらぼうの奴は、未だにドアを開けていなかった。
「次の部屋へ移動するんじゃなかったのかよ」
「移動しますよ?」
「じゃあ何でドア開けないんだ?」
どこからか聞こえる不満そうな男の声。
「次の部屋へ行く前に、少し説明をさせていただきます」
「次の部屋でじゃダメなの?」
今度は若い女の声。
「ダメです」
「どうして?」
「次の部屋へ入ったら最後、もうこの部屋へは戻れませんので」
「戻る気ないけど?」
「フフ、最後までそう言えるといいですねぇ」
また、薄気味悪い笑い声。
「では、説明させていただきます」
誰も何も言わず、黙って聞いている。
「先程も言いましたが、次の部屋へ入ったら、もうこの部屋へは戻れません。次の部屋からは、ルールが明確にございます。ルールは絶対。破ればペナルティです」
なんとなく想像はつくけど一応聞いておく。
「ペナルティって?」
「それは次の部屋でのお楽しみですよ」
全然楽しめそうにない。
「さて、ルールについてですが、全ての部屋に共通したルールと、各部屋ごとの独自のルールとがあります。それぞれしっかりと守ればペナルティはございませんのでご安心を」
そう言って服の中から1枚の紙を取り出した。
「これが、共通のルールとなります。あぁ、1枚しかございませんので破かないようお願いします」
のっぺらぼうの奴の1番近くにいた人に渡されていた。あとでちゃんと読んどこう。
「参加を拒否することも可能ですが、その場合は先に逝かれた方々と同じ所へ逝っていただきますのでご了承ください」
参加の拒否だけはしないようにしよう、と全員が思ったことだろう。
「それでは、次の部屋へどうぞ」
ガチャリ、とドアを開けて促した。ぞろぞろとその部屋へ入っていく人たち。伊月は、黙ったままその場に残った。
「おや?あなたは行かないのですか?」
「いや、行くけど」
「早くしないと閉めてしまいますよ」
多分今しかないチャンスだろうから。
「聞きたいことがあるんだ」
「おい、そこの君。早く来いよ。しまっちまうんだろ?」
もうすでに部屋に入ったうちの1人が伊月の方を見て言った。
「すぐに行きます。なので、先行っててください」
向こうの返事は待たずにのっぺらぼうの奴がドアを閉めた。
「それで、聞きたいこととは何でしょうか?」
いざ1対1で面と向かって、となるとさすがに怖い。けど、こんなチャンスもう来ない。
「これってお前ら側にとってはゲームなのか?」
「……それは、どういった意図での質問でしょうか?」
「そのまんまの意味」
「そうですね…。ゲーム、でしょうね」
「クリア条件は?」
「この先の部屋、全てをクリアしてここから出ること、と言っておきます」
「ペナルティって何?」
「それは、この先のお楽しみと言ったはずですが」
「言われたけど、あんたは知ってるんだろ?」
「えぇ、もちろん」
「教えてくれないのか?」
「ダメです。ルール違反になってしまいます」
「嘘だろ、それ」
少し驚いたように首をかしげる。
「どうしてそう思うんです?」
「勘」
「だけではないですよね」
「そっちが質問に答えてくれたら答えるけど」
「交渉ですか?」
「不成立か?」
少し考え込むように黙り、それから伊月の方を見て口を開いた。
「分かりました。質問にお答えしましょう。先程のペナルティを教えられない、というのは確かに嘘です」
「じゃあ教えてくれよ」
「ペナルティは死。それだけです。ですが、分かっていたでしょう?」
「まぁ」
「なぜ聞いたのですか?」
「あんたが俺の質問に答えてくれるか知りたかったんだ」
「答えますよ。答えられる範囲で。ですので、答えてください。なぜ嘘だと?」
「さっき、このことでは嘘はつかないって言っていた」
「えぇ」
「このことって、極楽浄土へ行けるかっていう質問に対してだけは、ってことだろ?だったら、嘘ついてんのかなぁって。それに、ゲームでいうプレイヤーじゃなさそうなあんたにルールが適用されるとは思わない」
また拍手をされる。これで3回目だ。
「お見事です。そこまで理解をしていたとは。少しあなたのことを侮っていました」
なんかイラっとする言い方だ。
「それで、本当に聞きたいこととは何ですか?」
こちらが考えてることは読まれてるようだ。
「ここから出られるのは何人?」
「場合によります」
「質問の仕方が悪かった。最大で?」
「5人です」
想像以上に少ない。ドアの向こうに通された全員が無事に出られるとは思ってなかったけど、まさかたった5人とは。
「じゃあ、あんたは次の部屋へもついてくるのか?」
「いいえ。私はここまで。あなた様の仰られる通り、プレイヤーではありませんので。次の部屋からはそれぞれ部屋の主がおりますよ」
「へぇ。…それじゃ最後の質問」
「何でしょう?」
「俺らの中にーーーは、いる?」
驚いたように黙り込んで、それから言うべきか考え込むような間があいた。それから、少しうれしそうに笑う気配がして、
「えぇ。おります」
と答えた。
「そうか。そんだけ聞ければいいや」
そう言って隣を抜けてドアを開けようとしたところで、呼び止められた。
「もうよろしいのですか?」
「あぁ。もういい」
「それでは、最後にあなたに1つヒントを」
「ヒント?」
「えぇ。生き残るためのヒントです」
もったいつけるようにそこで黙る。いや別に、急いでないから俺もただ待つんだけど。そんな伊月の気持ちに気づいたのか、はぁ、とため息をついた。
「つまらないですね。もう少し何か反応ないんですか?」
「ない。別に急いでないし。というか、言ってくれないんならもう行くけど」
言うだけ言って、次の部屋へ行こうとしたら慌て始めた。
「ま、待ってくださいよ。言います、言いますから」
表情では伝えられないことを知っているからか、手がおろおろとしている。いや、よく分からないけど。
「それではヒントです。裏をかいてください。何事にも。全てにおいて」
その言葉に伊月は笑う。
「分かってるよ、そんなこと。まぁ、ありがとうと言っておく」
「私からも最後に1つ、聞いてもいいですか?」
「何?」
「名前を」
「何で?」
「知りたいと思ったからですよ。覚えておきたいのです。あなたがこのゲームで死んでしまったとしても」
「別にいいけど。
「伊月様、ですか。いい名前ですね」
「はぁ?いい名前って何だよ」
伊月は苦笑しながらドアを開ける。
「ご武運を」
「じゃあ、もし会うことがあったらまたな」
そう言い残して伊月はドアの向こうへ消えた。
「また、ですか。こんな生き残れる確証もないゲームであなたは生き残るつもりなのですね。やはり、面白い人だ」
というのっぺらぼうの男の呟きは、伊月に聞こえることはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます