極楽浄土へようこそ
軽原 海
始まり
第1話
蛍光灯が点滅している。
「おはようございます」
ぼんやりと薄暗くて遠目には見えなかった顔が、蛍光灯の明かりで微かに見えた。その顔を見た瞬間、無意識に1歩後ずさる。というかそもそも顔じゃない。変なお面だった。目や、鼻や口といった顔のパーツすら何1つ描かれていない。そう、のっぺらぼうというやつだ。
「皆様、お目覚めになりましたか?」
もちろん誰も答えない。周りものっぺらぼうだと気づいたのか、そいつから何歩か離れていた。そして何より、異様だった。のっぺらぼうのお面をつけているくせに、なぜか服は執事服。いや、スーツでも私服でもおかしいものはおかしいんだけど。気味が悪い、と全員が思っているその空気の中、そいつは気にもせずに話を続ける。
「極楽浄土へようこそ!」
少し嬉しそうにそう告げた。
「…は?」
伊月は小さく呟く。その言葉の意味を理解できずに黙っていた人たちが、ざわざわと囁き始める。その意味を理解した誰かが叫んだ。
「それって、俺たちが死んだってことなのか⁈」
ひっ、と息をのむ音がする。泣き始める声がする。恐怖がその場を支配していた。のっぺらぼうのそいつは肯定も否定もせずにクスクスと嗤い、
「さぁ、どうでしょう?」
と答えた。そもそも、極楽浄土ってこんな狭っ苦しくて暗いとこなのか?などとその場のシリアスな雰囲気ぶち壊しなことを考えているのは自分だけだろうなぁ、とのんびり伊月は思う。大体、死んでたとして死因はなんだろ?
「さて、ご案内させていただきます」
「案内ってどこへだよ!」
誰かが怒っている。
「もちろん、極楽浄土へですよ」
怒っている人、放心状態の人、泣き叫んでる人。あとは困惑しながらも黙って聞いてる人。様々な人がいる。
「極楽浄土…?」
「はい。ここはまだ、入り口にすぎませんので。ところで皆様は極楽浄土ってどんなイメージですか?」
突然の質問。もちろん答える人がいるわけもなく。
「皆様つれないですね。1人くらい答えてくださってもいいじゃありませんか」
わざとらしく肩を落としながら言った。
「まぁ、気を取り直して」
と呟いた後、取り出したスイッチを押し、
「皆様をお迎えにあがりました」
と言った。ギリギリ、と歯車の回る音がしてシャッターが上がっていく。その向こうにあったのは2つのドア。
「部屋をお選びください。1つはちゃんと極楽浄土へ。もう1つを選んでしまうと…。まぁこれはご想像にお任せしましょう。あぁ、時間制限がございますのでお早めに」
今度はポケットから砂時計を出しながらさらりと言う。
「それではスタートします」
床に砂時計を置き、さぁどうぞどうぞ、という風にドアを示した。
「ふざけるな!極楽浄土へ行けだと⁉︎笑わせるなよ!こんな茶番今すぐやめてここから出せ!」
怒鳴りながらのっぺらぼうの奴に飛びかかる人を見て、はっと気づいたようにそうだそうだ、と皆が口々に言い始めた。飛びかかってきた人をひょいとかわし、服の中から何かを出しながらのっぺらぼうの奴が言う。
「言い忘れておりましたが、ここでは暴力行為はルール違反です。そしてルール違反にはペナルティがございます」
パン、と乾いた音。飛びかかっていった人はビクリ、と硬直してゆっくりとくずおれていった。倒れた床から血が流れていく。のっぺらぼうの奴の手には拳銃が握られていた。人が、あっけなく死んだ。一瞬だけ沈黙が降り、きゃあという悲鳴でパニックに陥る。部屋の隅にいたたった1人を除いて、その場の全員がものすごい勢いで逃げ出し、のっぺらぼうの奴から離れようとする。かくいう伊月も、顔を引きつらせた。
「こんな奴がいるとこなんて嫌だ!耐えられない!」
と言いながら、右のドアへと走り込んだ人が1人。バタン、とドアが閉まったが、壁を挟んだ向こう側からも嫌だ、という叫び声が聞こえるからか、少しホッとしたように次々とドアへと走り込む人たち。人数が減ったので、パニックは少し落ち着いたようだった。それでも、ビクビクとしながらのっぺらぼうの奴から離れようとする。そんな様子を見て、
「心外ですね。ルールを守ればペナルティはないのですよ?」
と、またがっかりそうに言う。そんなこと言われて、はいそうですかと納得できるわけないのだが。
「皆様、部屋をお選びにならないのですか?時間もあまりございませんよ?」
砂時計を見ると、確かにあと少しだった。
「ほ、本当に極楽浄土へ行けるか分かんないじゃない!」
「このことに関しては嘘はつきません」
「信じられないわよ!」
「そうですか?それは残念です」
そんなやりとりをぼんやり聞きながら、伊月は周りを見る。ドアの近くにいる人たち、どちらを選ぶべきか迷ってるんだろうなぁ。
「さて、時間になりました。ここに残られた方は、ええと、意外と多いですね。大体60人ほど、といったところでしょうか?ですがまぁ、半分くらいは減りましたね」
うそ、もう終わり?と言う困惑の声。まぁそりゃ終わるだろう。のっぺらぼうの奴が持っていた砂時計はよくあるタイプの3分のものなんだから。伊月もどっかで使ったことがある。このあとどうなるんだろうなぁ、とぼんやり考える。
「私たち殺されるの?」
「いえいえ、これで第1選別は終了です」
「選別?」
「どうやら、意味を理解せずただ単に優柔不断だった方も何人か混じっておられますが、まぁいいでしょう」
「ちょっと待ってよ!この部屋に残ることが正解だったって言うの?」
のっぺらぼうの奴は、キョトンとした様子で、
「正解もなにも、私は『部屋を選べ』と言ったんですよ?」
その言葉でもまだ分からない様子。
「ふむ。理解している方に説明してもらった方が早そうですね」
どーか俺にその役が回ってきませんよーに、と伊月は祈ってみる。
「ではそこの方、お願いできますか?」
「え」
「お願いします」
まさかの祈り通じず。もともと通じるとは思ってないけど、この中で選ばれるとはもっと思っていなかった。はぁー、と盛大にため息をつきながら説明を始める。
「そこのお面の奴が言ったこと、覚えてます?」
「言ったこと?」
「部屋を選べ、そう言った。ドアを選べ、ではなく」
「どういうこと?」
「ここだって部屋だと思うんだけど」
「だからってなんでこの部屋を選んだの?」
「えぇ?だって、あのドア2つの向こうのことは言ってたのに、ここに残ったらってこと言ってなかったし、どちらのドアを選んだとしても結局死ぬことに変わりなさそうだった。そもそも時間制限ある時点でおかしくない?」
言ってしまってから、あ、と口をおさえる。ついうっかりタメ口になってしまった。何も言ってこないのでもういいや、と伊月は構わずに続けることにした。
「あとは、ペナルティとルール。これってここに残っても殺す気なさそうじゃん。ここに残ったら死ぬ、なんて言われてないし、ルールさえ守れば殺されない。それにもし本当に死んでいて、お面の奴が俺らを極楽浄土へ案内するんなら、ドアを選べなんて言わずに自分で案内するでしょ」
そこまで言い切って、あとは黙る。パチパチと拍手が聞こえてきた。
「素晴らしいです!完璧です。そう、その通りです」
「なら、ドアを選んだ奴らはどうなるんだよ」
20代くらいの若い男が聞く。
「あぁ、彼らは本当にちゃんと極楽浄土へ行かれましたよ」
もうどうでもいいというように、のっぺらぼうの奴は言い捨てた。まるでここにいない人はもう存在してないというように。その一瞬だけ、ぞくりとする。のっぺらぼうの奴の周りの温度だけが急に下がった気がした。
「さて、第1選別を突破した皆様にはチャンスが与えられます。何のチャンスだと思いますか?」
さっきの質問は誰も答えなかったけど、今回の質問の答えは聞きたい。ということで、関わりたくないけどしょうがない。
「生き返ること?」
おぉ、とわざとらしくこちらを見てまた拍手。
「正解です。皆様は世間的にはお亡くなりになられた、というよりも行方不明として処理されています」
「え?だって私たち死んだって…」
さっき質問してきた30代くらいの女性がまた聞く。
「そんなこと言っておりませんよ?」
「え?」
さっき伊月が答えたからか、また見てきた。
「死んだってこと?って聞かれた時に、さぁどうでしょう、としか言ってない」
律儀に答えてやるとかお人好しすぎる気がするなぁ、とは思いつつも伊月は答えてやる。
「その通りです。いやぁ、思い込みって怖いですね!」
お面のせいで表情は分からないが、声が弾んでるように聞こえるのできっとお面の下では笑っているのだろう。
「なぁ、1つ聞いていいか?」
誰かの声。
「構いませんよ?」
「何で俺たちなんだ?他にも人間なんてたくさんいるだろ?」
それは、きっとこの場にいる誰もが思っていることだろう。なんで自分が、どうして、と。
「あぁ、それはですね、たまたまですよ」
「は?」
「いえですから、『たまたま』です」
「そんな理由でこんな目に遭っているのかよ…!」
言葉に怒りがにじみ出ている。そんなことを気にもせず、むしろなぜそんなに怒っているのか不思議で仕方ないというようにのっぺらぼうの奴は首を傾げながら答える。
「えぇ、そうですよ?皆様は不運なことに選ばれてしまったのです」
予想の斜め上どころかそれ以上の返答に誰も何も言えずに黙ってしまう。たまたま。ただそれだけの理由で殺されるかもしれない。全員の胸に、ずしりとその事実がのしかかる。のっぺらぼうの奴は、一気に重くなった空気を変えるように明るく言った。
「まぁ、ずっとここにいるのもアレですし、次の部屋へ移動しましょう」
くるりと振り返って、あの鍵がかかっていたドアへと向かう。その後を、一定の距離は保ちつつもぞろぞろとついていく。ふと気がついて、伊月は1人で、少し戻った。
「おや、どうしました?」
鍵を開けてそのまま部屋へ行くかと思いきや、伊月の方を見て尋ねる。
「あ、いや、砂時計が置きっ放しだったから」
「それはそれは、親切ですね。ですが、それはもう必要ありませんので。よろしければ差し上げますよ?」
いや、砂時計なんていらないけど、とは口には出さない。まぁでも、何かに使えるかもしれないからな。一応もらっておくか、一応。ポケットに入れてドアの前のところへ戻った。
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