第14話 変化と鼠

 翌日。

 俺は登校しようと家を出てすぐだった。


「おはよう、松坂くん」


「うわっ!? ビックリした……って涌井?」


 まるで待ち合わせして待っていたかのように、家の前には涌井が立っていた。


「ごめんなさい、ビックリさせて。松坂くんと一緒に登校したいなって思って……迷惑だった?」


 涌井は不安そうな顔で俺を見る。

 迷惑なんてことはないが、家を教えた覚えがないのに家の前にいたことが気になっていた。


「そんなことはない、けど……。でもどうしてウチがわかったんだ?」


 まだ松坂と表札がついていればわかるのだが、母方の祖父母の家に住んでるので、この家の表札は母の旧姓である西口だ。そのことは話してないはずなんだが。


「……そうでしたっけ? 前に聞いた記憶があるんですけど……ただ結構前だったし話した事忘れたのかも……」


「そうなのかな? まぁ知ってるってことはどっかで俺が言ったってことだもんな……」


 そう言われるといちいち何話したかなんて、全ては覚えてないので話したのだろうかという気になってくる。実際家を知ってるのだからそうなのだろう。


「それより昨日はすまなかった。俺が勝手なことしたばかりに」


「いえ、いいんです。松坂くんの気持ち、伝わりましたから」


 涌井はとびっきりの笑顔でそう答える。


「そ、そうか……」


 なんか今日の涌井はいつもより明るく感じる。もちろん明るいのはいいことだし、これはこれで可愛い。だが、普段はもっと目を逸らしながらボソボソと話すので、どうも違和感を感じる。


「どうしたんですか? そうだ、今日は松坂くんと食べようと思ってお弁当、作ってきたんですよ!」


 そう言って涌井はカバンから水色の布に包まれた物を取り出して俺に見せる。


「おおっ! いつもコンビニおにぎりの涌井が!? 凄いじゃん!」


「お昼、楽しみにしててくださいね。松坂くんのために朝から作ったので……」


 涌井はちょっと照れくさそうにはにかみながらカバンに弁当を戻す。


 確かに弁当を作ってきてくれたことはすごく嬉しい。

 だが、昨日あれほど友利さんに俺とは関わるなと言われたというのに、まるであのやり取りはなかったかのように俺と関わろうとしている。

 いや、むしろ友利さんに反発するかのように。


「……ありがとう、涌井。でも……」


 でも、友利さんがなんというか。涌井のことを助けたいと思ってきたが、これ以上俺が涌井に関わる方が余計に酷い目にあうのではないかと思ってしまう。


「……友利さんの事、ですか?」


 俺が言いにくそうにしているのを察したのか、涌井の方から友利さんの名前を出す。


「……その、大丈夫……なのか?」


「はい。……松坂くんばかり辛い目には、合わせられませんから」


「? そ、そうか……」


 俺ばかりが辛い目というのはよくわからないが、涌井も昨日のことがあって戦う決心がついたのだろう。

 その後は他愛もない話をしながら登校していると、門の前あたりで後ろから聞き慣れた声で話しかけられる。


「よっ! 松坂! ……って、今日は涌井と登校してんのか?」


 挨拶してきた星野は隣にいる涌井に気がつき驚いた表情をみせる。


「おいおい友利に見つかったら面倒だぞ……」


 星野は俺の耳元で、涌井に聞こえないよう小声でそう囁く。


「それはそうなんだけど、だからって……」


「私、もしかして邪魔……ですか?」


 俺たちの小声でのやりとりを見ていてそう感じたのか、涌井が申し訳なさそうにする。


「い、いや、全然! 邪魔とかそんなんじゃねーよ! 俺こそ空気読まずに声かけて悪かったな! さて、邪魔者は退散するか。また後でな」


 星野はそういって少し駆け足で去っていった。


「ごめんなさい、私のせいで星野くんが……」


「いや、大丈夫だよ気にしなくて。アイツなりに空気読んでくれたんだろ」


 星野はクラスの中でも涌井に対する態度はかなりマシな方だ。直接いじめることもないようだし、現状をよくは思っていない。友利さんにも意見が言える数少ない存在だ。




 その後、俺たちは話しながら教室へ向かう。やはり涌井が誰かと楽しそうに話している姿は珍しいのか、途中に会ったクラスメイトは皆驚いているように見えた。


 そしてもうすぐ教室だという時に星野が慌てて教室から飛び出してきた。


「ま、松坂!! やべーって! わ、涌井の机が……とにかく早く来い!」


 俺たちは星野に急かされ教室へ向かう。


「なっ……!? こ、これは……」


「っ!!?」


 涌井の机の上にあったモノ。

 それは生き物の死骸だった。

 一際目立つのは力無く横たわる白いネズミの死骸、そしてそのネズミの周りにはコオロギやバッタなど昆虫の死骸も置かれていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る