第12話 適時と球

※前半は日常回です


 翌日。

 四限目、体育の授業で俺たちはソフトボールをしていた。

 最終回の三回表、4対3で一点ビハインド。

 一死一塁で打者は星野だ。


「うおおお!」


 星野は雄叫びを上げながらフルスイングする。

 しかし打球は無情にもピッチャー前ボテボテのゴロになる。


「うげっ! く、くそ!」


 しかし星野は諦めず一塁へダッシュする。

 が、間に合わず一塁はアウトとなる。しかしランナーは進めたので結果としては送りバントしたみたいになった。


「ドンマイ星野」


 ネクストで待っていた俺は肩を落として帰ってくる星野の背中を軽く叩く。


「すまねえ松坂。……まぁランナーは一応進めたからな、頼むぜあとは!」


「ああ、まかせろ!」


 俺はバットを握り右バッターボックスに立つ。

 マウンドには野球部でありソフトボール経験者の菊池きくち。彼の球は速いので1イニング限定というルールが作られている。そして今抑えとしてマウンドに上がっている。


「最後の打者は転校生の松坂君か。残念だけど女子達にカッコ悪い所見せることになってしまうね」


「えっ?」


 菊池が言うようにいつのまにかバレーの授業が早めに終わった女子達が応援に集まっていた。


「松坂君頑張ってー!」


「う、うん、頑張るよ」


 何人かの女子達が応援をしてくれる。ありがたいことだがこうして応援されるとプレッシャーがかかりたかが体育なのに緊張してくる。


「チッ、なんで松坂の応援ばっかなんだよ。まぁいい、抑えて女子の声援は俺がもらう!」


 菊池が投じた一球目。

 外角低めに来たボールを予想以上に速く、俺は空振りする。


「くっ!」


 そして続く二球目は外ギリギリのボールを見逃してしまう。


「ストライーク!」


 二球で追い込まれてしまう。

 一球外してくるか? それとも三球勝負か……悩んでいると、


「何やってんのよ! 菊池くらいさっさと打ちなさい!」


 黄色い声援とは違う厳しめの言葉が飛んでくる。

 声の主はもちろん友利さんだった。


「素人相手に抑えていきってるようなやつに、負けるんじゃないわよ!」


「友利……っ! くそ! いつもバカにしやがって!」


 菊池はさっきまでの余裕はどこへやら、見てわかるくらいに冷静さを欠いていた。

 やつはおそらく勝負してくる。


「うおおぉぉっ!」


 来た! 俺は甘く入った高めのボールを思いっきり振り抜く。


「なっ!?」


 鋭い打球は左中間を破る。長打コースだ。

 二塁ランナーは帰って同点、そして俺も二塁、三塁を周りホームまで帰る。


「よっしゃー! 逆転だ!」


 ホームに帰ると待っていた星野達にもみくちゃにされる。


「ここで打つなんてさすが松坂君!」


「めっちゃカッコよかった!」


 応援に来ていた女子達も盛り上がる。


「よかったね友利さん! 松坂君が打って」


「……ま、まぁ当然よ、松坂君ならそれくらい」


 友利さんはそう言って平静を装うが顔がニヤけてしまっているのを抑えられていなかった。


「よーし、最終回の裏、抑えて勝つぞ!」


 次のバッターが三振に終わり、星野の掛け声に合わせてみんな守備につく。


「ん? どうした松坂?」


「いや、その悪いんだが……トイレ行ってきていいか?」


 俺は緊張から解放されたからか、急に尿意に襲われる。


「おいおい漏らすなよ? こっからなら体育館のトイレが一番近いか」


「わかった、行ってくる!」


 俺は体育館に向かってダッシュした。





 体育館に着いて俺はすぐにトイレに駆け込み、用を足す。


「ふー、危なかった。さてあいつらちゃんと抑えてるかな……」


 なんて思いながらトイレから出ると、体育館の奥から物音が聞こえる。

 気になった俺はのぞいてみると、そこには女子の体育で使ったであろう用具を一人で片付ける涌井の姿があった。


「涌井っ!!」


 俺はつい大きな声をあげてしまう。

 俺に気づいた涌井は一瞬こちらをみるが、すぐに片付けに戻る。


「それ、やらされてるのか?」


 俺は涌井の側まで駆け寄る。


「……」


 それでも涌井は俺を無視して片付けを続ける。


「……俺も手伝うよ」


 どうやら答えてはくれなさそうなので、俺は涌井の返事を待たずに片付けを手伝うことにする。

 そして5分ほど経って大体の片付けが終わった。


「ふー、やっと終わったな」


「……どうしてですか」


 涌井は小さく消え入りそうな声で呟いた。


「……涌井?」


「どうして……私に優しくするんですかっ!?」


 涌井は珍しく声を荒げてそう叫ぶ。


「どうしてって……そんなの涌井が心配だから……」


「…………諦めようとしてるのに」


「えっ!?……」


 涌井は小さなギリギリ聞こえないほどの声で何かを言うと、その場を飛び出して行った。


「ちょっ! 涌井!」


 俺は慌てて涌井を追いかけようとした時だった。

 涌井は体育館の扉の前で立ち止まる。どうやら扉の前に誰かいるようだった。


「涌井? ……え!?」


 体育館の扉の前にいたのは、腕を組んでこちらを睨む友利さんだった。


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