第11話 過去と傷

 あれからもう二週間が経った。

 その間、涌井と一言も話すことはなかった。いや、正確には無視されている、か。

 一度昼休みにトイレに行くふりをして生物室に行ってみたが、涌井はいなかったのでどうやら別のところで食べているようだ。


「どうしたの? ぼーっとして」


「えっ、いや、ごめん友利さん……」


 友利さんとはあれからもいつも通りに、いや前以上に一緒にいる機会が多くなっていた。

 そして今日は星野が休みなので友利さんと二人で昼食をとっていた。


「まぁいいけど。それより来週の中間テストだけどどう?」


「うーん……まぁ普通かな?」


 もうそんな時期か。前の高校の時は塾にも行ってたし、親がうるさいこともあってかなり勉強はさせられていたが、こっちに来てからは勉強のことはあまり気にしなくなっていた。


「随分と余裕そうじゃない。でも確かに松坂君頭良さそうだもんね」


 そう言って友利さんはパックのコーヒー牛乳のストローをくわえ、それを飲む。


「……別にそんなことないよ。友利さんこそずっと一番だって聞くよ」


「まぁね。……って言っても親やおじいちゃんがうるさいからなだけよ。勉強や部活もやるからには一番を目指せって。私だって本当は……もっと遊びたいんだから」


「そう、なんだ……」


 前に星野が言っていたが友利さんの家はこの村では有名な家で、お祖父さんがかなり厳しいみたいだ。


「……それにおにい……兄の分も私が頑張らないといけないから」


 友利さんはそう言い聞かせるように呟くと空になったコーヒー牛乳のパックを握りつぶす。

 そして友利さんは立ち上がると席から少し離れた教室の奥にあるゴミ箱にそれを放り投げる。

 それは綺麗な放物線を描き、しっかりとゴミ箱に入った。


「ストライク! ってね。投げて1発で入ると気持ちいいわよね」


「ナイスボール……いや、パック? 確かに。うまいね友利さん」


「ふふ、ありがと……ところで松坂君、今日の放課後時間ある?」


「ま、まぁ大丈夫だけど」


 あの日以降、放課後は特に何もせず帰宅しているので暇ではある。


「じゃあ一緒にテスト勉強しましょう。テスト前は部活が休みだから剣道場が空いてるの。そこなら二人っきりでできるし」


「わかったよ。了解」


 こうして俺は放課後、友利さんと剣道場で勉強をする事になった。





 そして放課後。

 剣道場に来た俺と友利さんは床にノートや教科書を広げて勉強会をしていた。


「〜だからこうなるって感じだけど」


「なるほどね、さすが松坂君。わかりやすいわ」


 2時間ほどは普通に勉強をして過ごした。そして一区切りついて、そろそろ帰ろうかと立ち上がる。


「そろそろ帰るか?」


「そうね……」


 友利さんは小さく返事すると、真剣な顔つきで口を開いた。


「この前の話、なんだけど……。涌井ユイからは何か聞いた?」


 この前の話というのは涌井が友利さんの兄を殺したというやつだろう。


「いや、何も……。なんか涌井からも避けられてるみたいだし」


「そう……。私の兄はね、とてもよく出来た人だった。勉強も運動も得意で、みんなの人気者。両親やおじいちゃんからもすごく気に入られてた。私ももちろん大好きだった」


「……」


「みんながその才能と人柄に将来を期待していた。……でもある日、車に撥ねられそうだった少女を助けて死んだ。……周りからは命をかけて少女を救った英雄なんて言われたりもした。でも、そんなのは他人だから言えること。兄がいなくなった私たち家族は、その日から崩壊した」


「……っ!」


 俺は言葉が出なかった。俺も両親を事故で無くしているから家族がいなくなる悲しさはわかるつもりでいた。だが、そういった家庭の事情はわからない。それに友利さんに助けられた少女というのはもしかして……。


「息子を失ったショックから父は仕事を辞め、祖父と喧嘩し元々婿養子だった父は家を出て行ったわ。母も精神的に参ってしまい、私にキツく当たるようになった……」


「と、友利……さん!?」


 気がつくと友利さんは俺の胸へと頭を当て、軽くもたれかかってきた。ふわりと友利さんの髪から甘くていい匂いがする。その匂いと行為にドキッとする。


「私には落ち着ける居場所がないの。兄がいなくなってからずっと……。でも、松坂君といたら、私落ち着くの……」


 いつもの強気な友利さんとは思えない弱々しい声。そして友利さんの目から涙がかすかに見えた。


「……ごめんなさい、変な事言って。……帰りましょうか」


「……そう、だね」


 俺はその後、帰り道で別れるまで何も言えなかった。また、友利さんも何も話さなかった。


「また、明日ね」


「うん、また明日」


 唯一話したのは別れの挨拶だけだった。

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