第10話 迷走と涙

「そ、そんな……涌井……が……」


 俺はまだその事実を受け入れられずにいた。


「だからね松坂君、これ以上あの子と仲良くするのはやめて欲しいの」


「っ……」


 友利さんは俺の肩にポンと手を置き、俺の目をじっと見つめる。

 だが俺は目を背けるしかなかった。

 今、目を合わせると彼女の言うがままに頷いてしまいそうな気がした。


「……ちゃんと考えておいてね。じゃあ私はこれで。……あと多和田、次からは余計なことしないでよ」


「は、はいっ!」


 注意を受けた多和田はさっきまでの勢いはすっかりなくなり、いつもの舎弟状態となる。

 そして友利さんは多和田を引き連れて帰っていく。


 聞きたいことは山ほどあったが、今は言葉が出てこなかった。 

 まずは涌井に聞かないと……! そういえば涌井はどうしたんだろうか。教室を出てから結構時間は経つのにまだ姿を見せない。


「あ、言うの忘れてたけど涌井ユイは来ないわよ。さっき帰ってる所みたから」


「えっ……」


「嘘だと思うのなら下駄箱でも見てくるといいわ」


「……そんな馬鹿な」


 放課後会う約束をしたんだ。何も言わずに帰るはずがない。

 そう思い俺は下駄箱へ向かって走り出す。



「はぁっ、はぁっ…………!」


 下駄箱に辿り着き、靴を確認する。

 靴箱は出席順にならんでいるが、涌井は出席番号が一番最後なのでわかりやすい。


「なっ!? 靴が……ない」


 そこには確かに靴はなく、校内用のスリッパになっていた。

 まさか本当に帰ったのか。一体どうして……。

 涌井とは連絡先の交換をしていなかったので、学校以外ではほぼ会話する手段がない。


「……明日聞いてみるか」


 涌井がいないのならいても仕方ないので、俺はとりあえず家に帰る事にした。





 翌朝。

 結局昨日はほとんど眠れなかった。学校に行くまでどうしようもないのはわかっているのだが、涌井のことが気になってばかりだった。


「よっ! ん? どーしたそんな俯いて。なんか元気ねーな……大丈夫か?」


 いつものように星野が元気よく声をかけてくるが、流石に今日はそれに応える気にならなかった。

 しかし流石に無視するのは悪いので顔を下げたまま返事だけはする。


「うん……ちょっと寝不足で」


「なるほどな……俺も遅くまでゲームしてたらよく寝不足なるんだよなー。ま、俺は授業中寝るから問題ねーけどなんて……あっ、友利」


「っ!?」


 俺はその名前に一瞬体がビクッとする。

 顔を上げると前には友利さんと二人の女子生徒がいた。俺たちには気づいておらず、楽しそうに会話しながら歩いている。

 だがこのペースでなら下駄箱で一緒になる可能性が高い。


「悪い星野、ちょっと漏れそうだからトイレ行ってくるわ」


「え、ああ、行ってこいよ」


 昨日の事もあって顔を合わせ辛いので、星野に嘘をつき駆け足で先に行く事にした。


 とはいってもまた教室で出会う事になるので、俺は授業の始まるギリギリまで教室に一番近いトイレの中で過ごすことにする。


「こんなことしても意味ないんだけどな……」


 今日はこうやって逃げれたとしても、ずっとこうするわけにもいかない。

 まずは涌井にあのことが事実なのかを確かめないと。スマホの時計を見ると授業が始まる三分前だった。


「そろそろ行くか……」


 俺はトイレから出る。


「えっ……?」


 ほぼ同じタイミングで女子トイレの方からも一人の生徒が出てきたのだ。

 しかもその女子生徒は……長い黒髪で片目を隠した儚げな少女……涌井ユイだった。


「っ! ……」


 向こうも俺に気が付いたようだが、涌井は何も言わずに早足で教室へと向かう。


「涌井っ……!」


 俺は大きな声を出して呼び止める。


「……」


 涌井はそれを聞いて立ち止まる。しかし背中を向けたままこちらを見ようとはしない。

 だが、立ち止まってくれたということは一応話は聞いてくれると言うことなのだろうか。


「昨日は何かあったのか?」


「……」


 俺はとりあえず昨日のことを問うが涌井は答えない。


「別に怒ってるとかではないんだ。ただ何があったのかだけ……」


「ごめんなさい」


 涌井はぼそっと消え入りそうな声で謝罪する。


「だから怒ってるわけじゃ……」


「……もう、私に話しかけないでください。……短い間でしたが楽しかったです。……ごめんなさい」


 そう言い残すと涌井は教室へと歩みを進める。


「ちょっ! まってくれ……っ!?」


 俺はこの場を去ろうとする涌井の腕をつい掴んでしまう。が、涌井の顔を見て俺は掴んだ手の力が抜ける。


「涌井……」


 涌井は泣いていたのだ。

 長い前髪で見えにくいが確かに頬を涙が濡らしていた。


「……今までありがとう、松坂くん」


 そう呟くと涌井は俺の手を振り払い、教室へ駆けていった。


 そして授業の始まりを告げるチャイムが鳴る。

 だが、俺は呆然と立ち尽くし、去っていく涌井の後ろ姿をただ見続ける事しかできなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る