第7話 箸と秘密

 翌朝。

 俺は登校しながら今日の昼休み、どうやって涌井のいる生物室に行くかを考えていた。

 星野と友利さんにどう説明するか。いや、星野は多分大丈夫だろう。前も色々と涌井の情報を教えてくれたし。


 問題は友利さんだ。

 涌井がいじめられている元凶であり、クラスの絶対女王。今はなぜか気に入られているからいいが、機嫌を損なわせると俺も平和に学校生活が送れなくなる可能性もある。

 果たしてどうするか……。


「よっ! どうした? 朝から険しい顔して」


 なんて考えていると背後から軽く背中を叩かれる。


「星野か……おはよう」


 もし相談できるのなら星野だけ、か。

 星野なら友利さんにもまだ話はできる方だし、協力してくれればなんとかなるかもしれない。


「……星野、ちょっと相談したい事あるんだが」


「ん? まぁいいけどなんだ?」


 俺は辺りを見渡し友利さんがいないことを確認する。


「ここではアレだからちょっと……」


「?」




 男子トイレ。

 俺たちは友利さんには絶対に聞かれない場所に来ていた。


「何ー!? 昼休みに涌井と飯食いたいだって!?」


 星野は大きな声で驚く。


「ちょっ、声がでかいって! ……それで、その、出来たら星野に協力してほしいんだが」


「……友利、か」


 俺は無言で頷く。星野の察しが良くて助かる。


「前にも言ったけどよ、涌井と関わるのはやめておいた方がいいぞ。それでも本気で行くってのか?」


「ああ、本気だ」


 涌井との約束。それは絶対に守らないといけない。


「……わかったよ、出来る限りのことはやる。でも、あんま期待すんなよ。友利は鋭いからな。すぐ怪しまれるぞ……」


「ありがとう星野。それは……わかってる」


 こうして俺は星野に協力を得ることになった。




 そして昼休み。

 チャイムがなるとほぼ同時に涌井は立ち上がり、教室を出る。


 いつもなら星野が来るタイミングなんだが、星野は俺の方を見て、おそらく任せろと言う意味であろうウインクのアイコンタクトをだす。


「なぁ友利、ちょっといいかー?」


「はぁ? なによ急に……」


 俺は星野が友利さんに声をかけているのを確認し、教室を出た。




「涌井!」


 生物室に向かうと丁度涌井が扉を開けて入ろうとしている所だった。


「……松坂くん。本当に来たんだ」


「そりゃ約束したからな」


「……そ、それはそうだけど……」


 涌井は俯き前髪をいじりながらそう答える。


「来ない方が良かった?」


「そ、そんな事はない!……う、嬉しい、です! ただ本当にきてくれるのか不安だっただけで……」


 俺は涌井のテンションが思ったより低かったので少し不安になったが、そうじゃなくて安心する。


「よし、じゃあご飯食べるか」


「……うん」


 涌井はビニール袋からコンビニのおにぎりを二つ取り出す。


「いつもそんな感じなの?」


「うん。……お母さんの仕事夜勤だから、いつも仕事帰りに買ってきてくれるの。……松坂くんはいつもお弁当?」


「そうだな、ウチはいつも弁当かな。祖父母と暮らしてるんだけどおばあちゃんが作ってくれてて」


「そうなんだ。いいね、お弁当」


「よかったらこれ一つ食べる?」


 俺はおにぎりだけでおかずがないのも可哀想だと思い、弁当の卵焼きを一つ食べるか聞いてみる。


「えっ……? いいの?」


「もちろん。他にも何か欲しいのがあったら言って」


「……じゃあウィンナーも」


「OK。えーっとじゃあ……」


 俺は卵焼きとウィンナーを弁当箱の蓋の上置き、涌井に渡す。


「あーでも涌井用の箸とかないな……」


「その……松坂くんがいいなら、あなたの箸でもいいけど……」


「え……!? それこそ涌井がいいなら全然構わないけど……」


「じゃあ……お借りします」


 そう言うと涌井は俺の箸でウィンナーを掴み、口に放りこむ。

 これ間接キスじゃん。と俺はドキッとしたが涌井はいつもと変わらない無表情でたいらげる。

 あまり気にならないタイプなんだろうか。


「……そういや今日はよかったの? 友利さん達は」


「それはまぁ、一応なんとか……。明日は来れるかちょっとわからないけど」


 おそらく明日、いやこの後教室に戻ってからくらいにでも友利さんに何か聞かれるだろう。

 これからもこうして涌井と昼を過ごすにはいつかは友利さんに話さなくてはならない。

 そしてそれは今のままでは確実に俺は友利さんに嫌われる。今まで通り平穏に過ごす事はできないし、涌井と友利さんの関係も悪いままで終わる。


「なぁ涌井、教えてもらいたい事があるんだけど」


 この問題を解決するにはまず、涌井と友利さんの間に何があったのかを知る必要がある。


「……何?」


「涌井と友利さんの関係。……どうして涌井に酷い事するようになったのかを知りたい」


「……」


 涌井は顎に手を当て、目を閉じる。涌井がよくする考える時の仕草だ。

 そして無言のまま一分ほどが経った頃、涌井は口を開いた。


「……いいよ。でも、もうあんまり時間ないから放課後に」


「わかった。じゃあまた放課後」


 俺たちは食べ終わった弁当やゴミを片付け、生物室を出る。そして教室に戻るタイミングが被らないように俺は先に戻り、涌井はお手洗いに行ってから戻ることにした。

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