第6話 強引と昼

 あれから一週間。

 俺は放課後は生物室で涌井と過ごし、教室では星野や友利さんを中心に話すことが多く、クラスにも馴染んできたように感じていた。


 休み時間。

 昼休みになると涌井はいつもすぐに席を立ち、教室を出ていく。そういえば涌井はどこでお昼食べているのかを知らなかったな。また今度聞いてみるかなんて考えていると、


「やっと飯の時間だ! 松坂、食うぞ!」


 星野が俺の席に弁当を持って来る。そしていつも前の席の生徒は昼休みになると席を離れるので、その椅子を俺の席の方に向けて座る。


「ちょっと星野! はやく机、持ってきなさい」


 こちらもいつも通り友利さんも弁当を持ってやって来る。昼休みは星野と友利さんと食べている。


「えー、またかよ。いい加減でいいだろ?」


 そう言って星野は俺の隣の机……涌井の席の机を手で軽く叩く。


「はぁ? だから無理だって言ってるでしょ。早くしなさい」


「あー、わかったよ。ったくめんどくせーな……」


 星野は結局いつも通りに涌井の席を持ち上げ、少し後ろに移動させる。そしてわざわざ一番前の席であり教卓の正面にある友利さんの席を俺の机の隣に持って来る。その通り道に座る人達は皆、星野が通りやすいように机をずらし道を開ける。


 なかなか異常な光景だが、誰一人文句を言わずにこの大移動は行われている。さすがクラスの中心、カーストトップだ。

 食べ終わった後は元の場所へ運ぶ。それももちろん星野が。


「ふぅー、これで満足か?」


「さ、食べましょ松坂君」


 友利さんは星野をスルーし席に座る。

 そして俺たちは他愛もない雑談をしながらお昼を過ごすのだった。




 放課後。

 俺はこれもいつも通り生物室で涌井と飼育されてる生き物を見たり、涌井のお話したりしながら過ごしていた。


「そういやさ、涌井に聞きたいことが……今日は何見てるの?」


 俺は昼休みのことを聞こうとしたが、涌井は水槽をじっと眺めていることに気づく。


「……トノサマガエル。登校するときに捕まえてきた」


 水槽の中には色は緑と茶褐色で背中に黒い斑紋の入ったアマガエルなんかよりも大きめのカエルがいた。


「あートノサマガエルね、小さいころ見た事あるよ。でも最近はすっかり見なくなったな」


「……都会じゃ少ないかも。……トノサマガエルはアマガエルのように吸盤がないから住む場所がなくなると生きていけないの」


「そうなのか……確かに田んぼとか減ってきてるもんな」


「……でもその分人間には住みやすくなってる。誰かが生きやすい世界は誰かにとっては住みにくい世界。それは仕方のない事……」


 涌井は小さな声でそう呟く。

 確かにそれはそうかもしれない。学校だって、職場だってどこだってそうだ。

 そしておそらく今の涌井も……。


「……こんな話しても仕方ないですよね。それより聞きたいことってなんですか?」


「あ、ああ! そうだった。そういや涌井ってお昼になるとすぐ出て行ってるけど、あれどこに行ってるの?」


「……」


 涌井は俺の質問に対して何か考えているのだろうか、無言で顎に手を当て考える素振りを見せる。


「……教えるのは全然いいけど、知ってどうするの?」


「どうってそれは……涌井と一緒に飯食う日があってもいいかなーって」


「えっ…………それ、本当……ですか?」


 涌井は一瞬驚いたように眼を見開く。だがすぐに怪しいと思ったのかジト目で疑うような視線を俺に送る。


「ほ、本当に本当だって。涌井とは話してて楽しいし」


「……だっていつも星野くんと友利さんと食べてるでしょ。特に友利さんって言ったらクラスカーストの頂点だよ。そんな人がせっかく仲良くしてくれてるのに私と食べたいだなんて……」


 そう言って涌井は信じられないと言わんばかりに目を閉じて首を振る。


 だが、俺は本心で涌井と食べたいと思っている。本当は教室で一緒に、星野や友利さんとも仲良く食べれたら一番だが、今の涌井と友利さんの関係では難しい。


「いや、俺は本気だよ。俺は涌井と飯が食べたい!」


 こういう時、余計な言葉はない方がいい。俺は涌井の目をじっと見て思いを伝える。


「っ!……わ、分かりました。い、いいます……から、その、そんなに見ないで、ください……」


「ご、ごめん!」


 涌井はそう言うと目を逸らしながら承諾する。流石にちょっと見過ぎだったか、と俺は反省する。


「……ここですよ。生物室」


「えっ、ここ!? ここって飯食ってもいいのか?」


「はい、特別に。一応顧問の先生から許可は取ってます」


「そう、なのか……」


 まさか昼食もここでとっていたのか。ということは飯の時も虫とかカエルを見ながら食べてるのだろうか? 俺は特にそういった類が苦手ではないが流石に見ながら飯食った経験はない。

 いや、何事も経験だ。


「よし、じゃあ明日は昼休みここに来るよ」


「あ、ありがとう、ございます。……約束ですよ?」


「ああ、約束だ」


「……た、楽しみにしてます……」


 それを聞いて涌井は俯くが、恥ずかしかっただけで、その表情は少し嬉しそうに見えた。

 ちょっと強引だったので心配だったが、喜んでもらえたのならよかったと思うのだった。


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