第3話 不穏と水槽

 結局、昼休みも涌井さんはさっさと教室から出て行ってしまうし、俺もクラスメイト達からの質問攻めにあうしで話せないままだった。


(もうちょっと涌井さんと話したかったんだけどな……)


 そして下校時間。

 涌井さんはというとすぐに教室から出て行ってしまう。俺は追いかけようと急いでカバンを手にした時だった。


「よっ、お疲れさん! どうだった初日は?」


 そう言って俺に声をかけてきたのは明るい茶髪が印象的な男子生徒で、名前は確か……星野だ。


「うーん、特に普通かな。どこも学校は学校って感じかな」


 俺はとりあえず無難な感じで返事をする。本当は涌井さんを追いかけたいのだが。


「まーそらそうだよな〜。でも放課後は天と地の差だろうよ。ここは大して遊べるところもねーからなぁ……」


 彼は昼休みにも声をかけてきてくれた人物だ。

 整った顔立ちに180センチは超えていそうな長身。そして茶色く染めた髪に制服の1番上のボタンを外していることから、真面目そうな人が多いこの学校では少しチャラい感じが印象的である。

 と言ってもヤンキーとかギャル男ってわけではなく、明るくて陽気そうな感じだが。


「そういえば松坂は部活どうすんだ?」


「部活か、考えてなかったな……」


 前の学校では部活動には入っていなかった。なので部活のことは何も考えていなかった。


「あら松坂君、部活決めてないの?」


 俺たちの話を聞いていたのか、星野の後ろから友利さんが現れる。


「うおっ! 友利! いたのかよ!?」


「あんたはデカいから邪魔なのよ。それより松坂君、部活何にするの? ちなみに私は剣道部よ」


 確かに彼女の凛とした佇まいや、ハッキリとした喋り方は剣道部は似合うかもしれない。


「友利のじーさんは道場もってるからなぁ〜。こえーじーさんにちっさい頃から鍛えられてるから、怒らせたらやべーぞ……」


「ば、ばか! 何言ってんのよ! 松坂君、この馬鹿の言うことは聞かなくていいから!」


 友利さんは声を荒げて星野の尻を蹴飛ばす。


「いってぇっ! ……な、こいつ危ねえだろ?」


「ははは、そうだね。俺も気をつけないと」


「ちょっ! もう、松坂君まで何言ってるのよ……!」


 友利さんは顔を赤くし恥ずかしそうにする。


「ってもうこんな時間! じゃあ私は鍵開けないといけないからこれで」


 そう言って友利さんは部屋を出て行った。


 そういえば涌井さんは何部なんだろう。昨日会ったのも18時ごろだった。ってことはその時間まで部活をしてる可能性が高い。

 友利さんと涌井さんは何かありそうな感じだったけど、星野なら大丈夫かと思い尋ねてみる。


「一つ聞いてもいいか?」


「ん? なんだ?」


「涌井さんって何部かわかる?」


「えっ、涌井……? そんなこと聞いてどーすんだ?」


 涌井という名前に彼も一瞬戸惑いを見せる。やっぱり彼女の事は何かあるのだろう。


「いや、その、昨日たまたま出会って……傘貸してもらったから返したいなって」


「…………そうか、それならいいけどよ。……あいつは生物部だ。二階の1番奥にある生物室でやってると思う」


 星野は手を顎に置いて少し考える仕草を見せるが、何か納得したのか涌井さんが生物部だというのを教えてくれた。


「ありがとう」


 それを聞いて俺は教室を出ようとする。


「おい!」


 が、星野に呼び止められる。


「ど、どうした?」


「その、忠告っていうかなんていうか……まぁなんだ、友利と涌井はあんま仲良くねーからそこんとこだけ気をつけてな。じゃあ部活行ってくるわ」


 星野は言いにくそうにしながらもそう言って、教室を出て行った。




「……仲良くない、か」


 俺は二階にあるという生物室を目指し歩いていた。

 星野の言い方からして恐らく本当はもっと入り組んだ関係なんだろう。特にこういう田舎町は家同士とかでも色々あったりする。よそ者の俺が関わらない方がいいこともあるかもしれない。


 そんなことを考えながら歩いていると生物室を発見した。

 俺は扉をゆっくりと開ける。

 するとそこには水槽を眺める女子生徒の後ろ姿が見えた。


 涌井さんだった。


「っ!? 誰!?」


 扉の開く音に驚いたのか涌井さんはこちらを振り向く。


「……ま、松坂君? どうして……」


「部活……探してて。涌井さんは生き物好きなの?」


「えっと……」


 涌井さんはキョロキョロと周りをみる。どうやら俺以外に誰もいないか探しているようだった。


「俺以外、誰もいないよ」


「そ、そう、です……か。ほっ……」


 涌井さんは安心したのか胸をなでおろす。


「何見てたの?」


「えっ? あぁっ、これはウーパールーパー……です。可愛い……です」


 俺は水槽を覗き込むとそこには彼女が言ったように白くて愛嬌のある可愛らしい生き物が泳いでいた。


「へえー可愛いね。このボーッとした感じがいいね」


「そ、そうなの! 可愛い……!」 


 涌井さんはそう言って笑顔を見せる。

 今まで暗い表情しか見なかったから、笑顔が見れたことに俺まで嬉しくなる。


 そしてなにより純粋に可愛いと思えた。


「ほ、ほかにもね、可愛いのいっぱいいるの……! よ、よかったら……みる?」


「え、ああ! ぜひ」


「ほ、本当? じゃあね……次は……」


 こうして俺は涌井さんから色々な生物部で育ててる生き物を見せてもらった。

 ハッキリ言ってウーパールーパーの後からは可愛いとはあまり思えないものが多かったが、彼女が楽しそうにしているのでそれだけで十分だった。

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