第27話 庭園②

 庭園での用を済ませ、涼み台に腰を降ろした後のこと。


「……これでサリアに喜んでもらえるでしょうか」

 クレアローナが見つめる視線の先にあるのは、鉢植えに入れ替えた二輪の花。


「え? もしかして適当に花選んだのか?」

「そんなわけないじゃありませんか。冗談でもそのようなことは言わないでください」

「いや、今のはそう聞かれても仕方ないだろ……」

 捉え方は人それぞれ。

 ルークの場合、クレアローナが“真剣に選ばないわけがない”と思っていたからこそ、この言葉が前に出たのだ。


「真剣に選んだプレゼントでも、喜んでくださらない時があるでしょう? それと同じことです」

「真剣に選んだものなら、どんなものでも喜んでもらえるだろ。普通」

「随分と心が綺麗なのですね。初めてあなたのことを羨ましく思いましたよ」

「逆にその性格で繊細なことに驚きだ」

 お互い隣に座りながら、肩を合わせながら、相変わらずの憎まれ口を叩き合う。


「相手によりけりですよ。あなたに嫌われても特に問題はありませんが、サリアの場合は違いますから」

「なるほど。それは正論で」

「はい」

「せめてもうちょっとオブラートに包めて、性格が可愛い主人に仕えたかったもんだ」

「……ただ、あなたにはお礼を言わなければなりません」

「ん? お礼?」

 とぼけているわけではなく、本当に心当たりのないこと。

 首を傾げて促せば、クレアローナは素直なままに答えた。


「お手を汚してしまったことです。わたしの代わりにお花を鉢植えに入れ替えてくださいましたから」

「ああこれか。こんなもんは汚したとは言わないから、礼を言われることじゃない。昔はゴミ漁ってたくらいだからな」

 土がついた手を軽く振り、首も左右に振る。


「わたしからのお礼を素直に受け取らないところ、あなたも十分可愛くない性格をしていると思いますよ」

「男はこのくらいがちょうどいいんだよ」

「理解に苦しみます。全くもって意味がわかりません」

「いつかそんな男の方がいいって思わせてやりたいもんだ」

「あなたに靡くようなわたしではありませんが」

「ハハッ、そりゃそうか」

 こうしてバッサリ切られても平気なのは、冗談の一つだから。

 適当そうに見えて、空気が重くならないようにしっかり考えて立ち回っているルークなのだ。


「……で、もう部屋に戻るか? 一応は用が済んだわけだけど」

「いえ、もう少しだけこの場にいたいです」

「了解」

「あなたはもうお屋敷に戻って、就寝しても構いませんよ」

「いや、せっかくだから最後まで付き合わせてくれ」

「……はあ。好きにしてください」

「そのつもり」

 お互いに淡白なやり取りを繰り広げるが、会話の中身は両者の気遣いからくるもの。

 頭の中ではわかっているからこそ、こうして肩を並べ続けているわけである。


「っと、この暗い時間帯じゃなければ、もっと綺麗な景色をここから見られたんだけどな」

「もしやお誘いしているのですか。今度は日が昇る時間に庭園に出ようと」

 ジトリとした視線を向けられた瞬間、空を見上げて気づかないふりをするルークである。


「それがベストじゃないか? 実際」

「なに一つとしてベストではありませんね。わたしと顔を合わせた時の使用人の怯えようを目にすれば、あなたもわかりますよ」

「長年部屋に引きこもった時点で、もう周りには十分気を遣ったと思うけどな。俺は」

「……」

「裏を返せば、部屋に引きこもってばかりだから、接点も作れずに誤解を解くキッカケも作れないって言い方ができる」

 周りが怖がるから。

 怖がることで仕事に影響が出てしまうから。

 そんな優しい理由で、姿を見せまいと部屋にこもっているクレアローナなのだ。

 相手を思いやる行動を取っているクレアローナを知ってくれるだけで、きっと周りの印象は変わっていくはずなのだ。


「正直なところ、あなたの言い分には一理あると思います」

「だろ?」

「しかし、気持ちのよいものではないのです。恐怖の対象として目を向けられるというのは」

「そんなところは女らしいんだな」

「軽口が過ぎるあなたには、いつか痛い目を見させてあげますよ」

 普段通りの声色と口調のクレアローナだが、ランタンの灯りしかないこの環境下では、違うことが一つある。


「より赤く光ってる目で言われると圧を感じるな」

「今後は恐れ慄くとよいです」

「——ふっ」

「鼻で笑いましたね」

「言い慣れてないのがバレバレだったもんで」

「っ!」

 瞳を細めながらのツッコミに、思わず顔が熱くなるクレアローナ。

 もうこの場にはいられないほどの羞恥が襲ってくる。


「も、もういいです。もうお部屋に戻りますよ」

「ちょ……。せっかくだからもう少し喋らないか?」

「お断りします」

「もう変なことは言わないから」

「……はあ」

 その声色から本当だとわかってしまうのが、厄介なところ。


「……物好きの相手は疲れますね。本当に。そんなにわたしとお話がしたいのですか?」

「手帳を勝手に見た分は疲れさせようと思ってな」

「意地悪なものですね。わたしは見ていないと言うのに」

「だといいんだけどな、本気で」

「……ふふ」

 クレアローナの笑みを見て、苦笑いを返すルーク。

 そんな柔和な空気に包まれている中。


 この光景を——屋敷の中から睨んでいる者が居た。

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