第25話 外へ①

 夜も更けた時間。


「おいおい、いくらなんでも緊張しすぎだろ」

「べ、別に緊張などしていませんが」

「肩が上がってるくせによくもまあそんなことが言えるもんだ。……肩凝るぞ?」

「うるさい口は閉じてください」

「はいはい」

 クレアローナが寝室の扉を数十センチだけ開けた後のこと。

 灯りになるランタンを持ったルークと早速の言い合いを発生させていた。


「てか早く出てこいよ。扉から半身だけ出すんじゃなくって」

「家の者は皆……就寝しましたか? もしくはここ周辺にいませんか。まずは確認をしてきてください。あなたが確認をしなければ、わたしは廊下に出ません」

「ついさっきここ周辺は見て回ったが、誰も見当たらなかったぞ」

「出まかせを言っていませんか。確認が面倒くさいからと」

「あんたがそう言ってくるのはわかってたから、先に見回りをしたんだよ」

 ずっと引きこもっていたクレアローナが、サリアを喜ばせようと外に出る覚悟を決めたのだ。

 そんな相手に対し、適当を言えるわけがない。


「……嘘、吐いていませんか」

「どんだけ疑り深いんだか……。もしなにかあった時は俺を盾にでも、脅されたとでも言えばいいんだよ。ほら、早く行くぞ?」

「わ、わかりました……」

 意を決したように扉を全開し、小動物のようにビクビクしながら廊下に出てくるクレアローナ。


 寝室と自室を行き来するために毎日廊下を歩いているわけだが、今回は『外に出る』ために廊下に出るのだ。

 このようになってしまうもの仕方がないだろう。

 そして、こんな弱々しい姿を見れば——仮に吸血鬼だったとしても、ビビったりはしないだろう。


「……ああそうだ。今思えば初めてだな。あんたの寝巻き見るの。なかなか似合ってるのな」

よこしまな目で見ないでもらえますか」

「寝言を言うのはまだ早いぞ」

 胸元が開いた空色のネグリジェを着ているクレアローナ。

 状況的に『よこしま』という使い方は正しいが、別に凝視をしていたわけでもない。むしろ全体を見ているだけだった。


「もうちょい大人になったらまた違うだろうけどな」

「それはそれで失礼だと思いますが。お見合いもできる年ですし」

「冤罪をかけてくる奴には言われたくないんだけどなぁ」

 扉が閉まれば、ランタンを持つルークが先頭になって廊下を歩いていく。


「……」

「……」

 そうして、足音のみが聞こえる時間が数十秒続いた時。


「あのさ、腕」

 男はこう言った。


「腕がなんですか」

「いや、別に掴まなくてもよくないか」

「……10年以上も外に出ていない人間にしかわかりませんよ。この気持ちは」

「10年以上、ねぇ……。その若さで随分極めたもんだ」

「おかげで白壁のような肌ですよ。病気みたいな、ともたとえられますが」

 青い筋が薄く透けた手の甲を見せてくる。

 前々から思っていたが、今まで見てきた人の中で一番の肌の白さを持つクレアローナである。


「もう一つは体の細さだな。蹴り入れたら折れそうだ」

「もしわたしに痛いことをするようなことがあれば、死んでも呪いますから」

「じゃあ健康になって元気な体を作ってくれ」

「あなたのために健康にはなりたくないです」

「相変わらずだなぁ……。もう性格が悪いどころか、ねじ曲がってるぞそれ」

 腕を掴み、掴まれている二人だとは絶対に思えない会話だろう。


「このような環境で真っ直ぐに保っている方がおかしいですよ。あなただって当時はその一人だったのでは」

「はは、確かにな」

 白に黒を垂らせば、一瞬のうちに染め上げられる。

 同じ色を取り戻すのは困難になる。

 それが長年続いている環境なのだろう。


「にしてもあんたの目……周りが暗いとより凄くなるんだな」

「否定はしませんよ。赤く光っているように見えますよね」

「そうそう。思った以上に色素が強いことで」

「幼少期は得体の知れない赤いナニカがこのお屋敷にいる……と、使用人を恐れさせたこともありますよ」

「へえ」

 嫌味や怖気を含んでいない声だからこそ、クレアローナも過去を口にするのだ。


「その時は引きこもってなかったんだな」

「信じられないかもしれませんが、元々のわたしは活発でした、、、し、お外も好きでした、、、よ」

「……そっか。ならいつか俺もその姿を見てみたいもんだ」

「あなた過去形にすぐ気づきますよね。顔だけ見れば適当に聞いているように感じますよ」

「一言多いぞ?」

「わたしは多いとは感じませんでしたが」

「嘘つけ」

『喧嘩するほど仲が良い』というのは言い得て妙で、それだけ相手のことを理解しているのは間違いないだろう。


 二人にとって当たり前の会話を続けていれば、いつの間にか玄関扉が見える位置に。


「もう……着きましたか」

「扉、あんたが開けるか?」

「問いの意味がわかりません。あなたはわたしの従者でしょう? 主人に開けさせようとするのはどうかと思いますが」

「10年以上も外に出てないんだろ? タイミングはそっちに合わせた方がいいんじゃないか?」

「……」

「久々のことに水を差すのもアレだしな」

 言いたいことがなんとなくわかった説明。

 ただ——。

「過去一番の生意気ぶりですね」

「そりゃどうもどう——」

「——マイナス1万点です」

 平気に口を動かすルークの腕を離し、通り過ぎるように言い逃げする。


「………………は?」

 点数の付け方。これに心当たりがある男。


「ちょ、え!?」

 理解が追いつけば、焦りが前に出る。

 そんな感情が乗る声を耳に入れ、ふっと微笑むクレアローナは、数秒の間を空けて外へと繋がる扉をゆっくりと開けるのだった。


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