第24話 約束と計画
「はー。疲れたー。あんなグチグチ言わなくていいだろうに——ッ!?」
一時間が過ぎ、ようやく主人の部屋に戻ってすぐのこと。
ルークはすぐ目に入れる。
誰にも見られるわけにはいかないマル秘の手帳が絨毯に落ちていることを。
「っと! 躓いた躓いた……」
やることは当然、証拠の隠滅。
素早く足で死角を作り、手帳をポケットに入れる。
不都合はこれで解消。首をゆっくり動かして椅子に座っているクレアローナに視線を向けるのだ。
そして、ぎこちなく質問を飛ばすのだ。
「……な、なあ。この部屋になんか変なものとか落ちてたりしなかったか……?」
「読書をしていたの心当たりはありませんが、なにか悪戯でもしていたのですか。仮にそうなら呆れますが」
「あっ、そう……。いや、心当たりがなかったらいいんだ。うん。聞いただけだから」
文字に目を走らせ続けているクレアローナ。
この様子なら本当に気づいていないのだろう。
ホッとした気持ちが前に出た結果、ポケットの上から手帳を触りながら、早口になってしまう。
「それはそうと、ルーク」
「ん?」
「かなり絞られたようですね、家政婦長に。『説教されてくる』とお部屋を出てから随分と遅いお戻りなので」
「あー。めちゃくちゃ絞られたよ。使ったお手拭きはお前が洗えって罰つきだったし。容赦ねえよ本当」
「許可を取らず、必要用途以上使ったのですから当然の処罰では」
「許可を取らずって言うか、無視してきたんだから、7割から8割は
思っていることを堂々と伝えてくる男。
そんな強気な彼に対し、ようやく読書をやめるクレアローナは、無表情のまま赤の瞳を向けるのだ。
「根本的なことを言えば、あなたは理解していたのでは」
「と言うと?」
「
「いや? 別に」
「今までの従者は全員気づいていましたよ」
「へえ……。じゃあ誰よりも慣れたんだろうな。あんたの捻じ曲がった性格に」
「……」
ここで言い負かせる言葉が、一瞬で優位に立てる言葉が出そうになる。
『手帳にはそれらしいことが書いていましたが』と。
「お、おい。ここはいつものように言い返してくれよ。俺が悪者になるだろ?」
「機嫌がよいだけですよ。久しぶりにサリアと顔を合わせられたので」
実際にクレアローナは本心を言っている。だが、上手に本心を隠してもいる。
手帳の中身から——今の状況を真剣に改善しようとして、心のうちでは寄り添ってくれていることも知って。
「ですので、もう一つ言っておきますよ」
「丁寧な前置きで」
「これは真面目なお話ですよ。家政婦長や執事長など今後も関わっていく方に対し、わざわざ嫌われにいくのは賢くありませんよ。柔軟に対応すると言いますか、順応すると言いますか、周りの空気に合わせなければわたしのように冷遇されますよ。綺麗な世の中ではないのですから」
「経験談?」
「わたしの場合はこの容姿なので、合わせる以前の問題ですけど」
「ハハハッ、こりゃ一本取られた」
ツボに入ったのか、大胆に笑う男。
「——相変わらず失礼ですね」
だが、そんな表情はすぐに変わった。
「——今回は俺のセリフでもあるんだけどな」
こう返してきたことで。
「なぜあなたのセリフになるのですか」
「そりゃ主人の味方になれない従者なんか、いない方がマシだろ?」
「っ」
まるで過去の従者を察していて、責めるように。
「俺はそう思ってるけど」
「……カッコいいことを口にしているところ悪いですが、あなたがわたしの味方をしているようには思えませんが。誰よりも口撃をしているのはあなたですし」
「時には自分を甘やかすことも大事ってな」
「一番カッコ悪いではないですか」
「ハハ、言うねえ」
ようやく言い返してきたというように笑うルークは、ここで腰を下ろす。
「まあそんなわけで、周りに合わせることはしない。そもそもそんな器用じゃないしな」
「でしたらもう好きにしてください」
「最初からそのつもりだって。契約も一年だから嫌われても問題ないしな」
「——」
この時、心臓に針が刺さったような痛みが襲ってくるクレアローナ。
「……と、ともかくご苦労さまでした。サリアのお相手をした件も含めて」
「どうも。って、そうだ。サリア嬢の花も見繕わないとだな」
「『このお部屋に飾る』と約束しましたからね」
「一緒に行くか? その方が絶対喜んでくれるぞ?」
「……それでも、嫌です」
ルークから言われる以前に、それは理解している。
だが、周りの目があることが怖いのだ。
「じゃあ夜中ならどうだ? 家の人間が寝静まった時間に」
「……もし見つかった時、お叱りを受けるのはあなたですよ」
「見つからないようにするんだから平気だって」
本当の味方になっているから、心の声を読み取ることができるのだろう……。
「考えておきます……」
「了解。じゃあ夕食後にでも教えてくれ」
「わかりました」
屋敷の外に出る。そんな計画を立てたのはいつぶりだろうか。
そんなことを考えたのはいつぶりだろうか。
高揚感を覚えると共に、クレアローナの頭には先ほどの言葉が無意識に繰り返されていた。
『契約も一年』と。
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