第23話 手紙の中身

 椅子に座ることを忘れ、ルークが落とした手帳に目を走らせるクレアローナ。

 手帳を開くまで罪悪感に包まれるばかりであったが、記された文字を見た瞬間、その感覚が消散する。

(なぜ、こんな……)

 クレアローナは『勝手に手帳を見る』という負い目の気持ちが弱かったわけではない。

 ただ、手帳の中身への驚きが強すぎたのだ。

 赤の瞳を大きく見開き、何度も読み直すほどに。


「……本当、理解不能です」

 愚痴や文句が入っているとの言葉。

 確かに言い分通りの文字が入っていた。だが、誰が考えられるだろうか。誰が正解できるだろうか。


 いつもだらしない彼が、慕いの気持ちも見えない彼が、相手に対してではなく“自分に対しての”愚痴や文句を記していることなど。

 初日——

『距離を詰め過ぎてしまった。親近感を感じさせられなかった。反省』−100点。

『コンプレックスをもっと考えるべきだった。アホ』−100点。

『考えていることが全て裏目に出てしまった。●』−300点。

 最後に関しては文句の文面ではなく、丸が塗りつぶされていた。


「……」

 それはまるで、なにも上手くいかなかった悔しさを表しているように。


 また『彼が考えていること』の内情は手帳を見れば明白だった。

 1日の目標がしっかりと記入されているのだ。

 家族のように仲良くなる、と。


(はあ。初日から目標が高過ぎるでしょうに……)

 この一言に尽きる。

 サリアならまだしも、一般的には縁談が舞い込んでくる年頃なのだ。警戒心を持っていないわけがない。

 計画性がなさ過ぎるとしか言いようがない。なにかと器用なルークが凡人と断言していた理由もわかってくる。

 いや、この点に関しては凡人以下と呼べるだろう。

 いきなり無理難題な目標を作るから、マイナス500点という点数が生まれてしまうのだから。


(2日目は……一応学習しているようですが)

 翌日の目標は、『クレアローナお嬢様と10回会話する』に設定されていた。

 家の者に覗き見られたことを考慮しているのか『お嬢様』と入れているのは、なかなか抜かりない。


 そして、ここからは先ほど同様にゆっくり読めなかった。

『淹れた紅茶を褒めてくれた。おかわりもしてくれた。嬉しかった』+10。

 愚痴や文句ではない文字が記されていたことで。


 この文面を書いている時、ルークが一人ニヤついている光景が目に浮かぶ。

 全て想像でしかないが、どんな気持ちで記していたかを想像するだけではずかしくなる。

(本当……気に食わないですね)

『慢心しない』の文字が書かれていても、この日の最終点数がマイナス290点になっていても、こう思う。


(3日目はわたしを笑わせる、笑顔にさせる……ですか。2日目で調子に乗るからですよ。いい気味ですね)

 当時の記憶はもうないが、手帳を見る限り目標は達成できなかったらしい。

 目標失敗ということも相まってマイナス490点になっている。

 加点が入っているのは前日同様紅茶を褒められたことらしい。

 今気づいたことだが、加点された部分だけ筆圧が強くなっている。


 ——嬉しく思いながら書いたのだろう。

 実際その気持ちが伝わってくる。


(……気に食わないですが、もう少し自分に易しくしてもよいと思いますが)

 ペラペラとページを捲っていけば、毎日毎日マイナスで締め括られている。

 飽きることなく厳しい反省が記されている。


 そんなにも反省が出てくるものか? と、誰しもが思うのだろう。

 事実、クレアローナもそう思った一人だが……ご丁寧にしっかり書かれている。


『身に沁みた。怒られても出来ることを考える。お世辞や嘘を吐かない』

 加点はたったの10点から20点。減点は3桁からという厳しい配点をつけている彼が、こんなことを考え始めたらプラスになるはずがない。


 あえて簡略化をして書き方をしているのだろうが、頭を働かせるまでもない。

 これはわたしの生活環境について書かれているのだと……。


(だから園庭のお花を……。配色にまでこだわって……)

 この時、頭の中によぎる。


『この色は普通に綺麗だからな? 綺麗だと思ったから俺はこれを選んだ』

 彼の言葉が。

 手帳に記された本心を見てしまったからこそ、今になって言葉の重みが伝わる。


(な、なにが嘘は吐かないですか……。大嘘つきではないですか……)

 記憶が正しければ、この部屋に花を持ち込んだ理由は『この部屋が湿っぽいから』だった。

 全てしてやられた気分だった。


「最初から教えてくれていたら、わたしの対応も変わってましたよ……」

 思わず声に出てしまう。

 そして手帳を閉じる。もう見られるものではなかった。


 再燃した罪悪感に包まれる今、彼の温かさに触れたくなかったから。

 これ以上触れてしまえば、戻ってくる彼と顔を合わせられなくなってしまうと思ったから。


「マイナス、1000点です……」

 これが独りでに発した最後の言葉。

 クレアローナは手帳を拾った絨毯箇所を手でなぞり、元の位置に戻した。


「…………」

 本当は清潔なテーブルの上に手帳を動かしたかったが、手帳の存在に気づいたとなれば、『中身を見られた』と考えるだろう。

 落ちていることに気づかなかったと立ち回るには仕方のないことだった。


(早く帰ってきてくれても……いいですよ。あなたが攫ってきたわたしの大切なお花も待っていますから)


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る