第21話 楽しさと寂しさ

「サリア様、こちらをここに動かしてみてはどうでしょうか」

「っ、そうね!」

「……ねえルーク。あなたの主人はわたしでしょう? 少しは手加減をしてください。先ほどから的確なところばかり突いてくるではありませんか」

 お手拭き遊びで作った——果物や動物が並ぶテーブルでは、ボードゲーム、チェスを楽しむ三人がいた。

 もちろん本来は1対1でするゲームであるため、クレアローナが口にしている通り、2対1の構図で戦っている状況である。


「それとサリア、いつまでルークの膝に乗っているのかしら。アドバイスをもらうにしても、隣で教えてもらえばよいでしょう?」

「こ、この方がよいのですわ。あなたもその方が見やすいですものね?」

「はは……。正面にお座りできるので、見やすくはありますね。お気遣いありがとうございます」

「まったく……。この現場を見られても、わたしは知らないふりをしますからね」

 お手拭き遊びからサリアの心を完全に掴んだルークは、完全に『甘えられる対象』となっていた。

『箱入り娘』の彼女だからこそ、警戒心もないのだろうが、今日あったばかりの異性にこんなことをしていると両親にバレたのなら、慌てて引き剥がすことだろう。


『まあ、わたしも強く言っていませんし、断れない立場にあるとは思いますけど』

 なんて若干の同情を抱きながらクレアローナが駒を動かせば、すぐにムムムと難しい表情をして助けを求めるサリアがいる。


 その気持ちをすぐに汲み取るルークは、今度はサリアの手を握ってスッと駒を動かす。

 紅茶を飲んだり、甘味を食べたり。そんな休憩を挟みながらの3戦目だが、序盤はサリアが戦い、中盤からはルークが指揮する構図はずっと変わっていない。


「クレア様、本日も楽しいですわ」

「ふふ、そう」

 自身が不利になっているこの場面では、挑発と捉えられるような言葉だが、屈託のない笑顔を見れば誰しもが『考えすぎだ』と考えを改めるだろう。

 ただ素直なだけのサリアなのだ。


「ねえ、そろそろサリア一人で考えてみない? わたしに一勝くらいさせてもよいと思うのだけど」

 この言葉に『ふるふる』と首を横に振って否定するサリアである。


「サリア様がこう意志を示されておりますので、全力で立ち向かわせてもらいますね。クレアローナお嬢様」

「……あとで覚えておきなさいよ、あなた」

「はは、お手柔らかにお願いできたと」

 来訪してくれた友人、サリアを全力で楽しませようとしているのはなにより嬉しいこと。

 しかし、主人を差し置いて考えているのはモヤモヤする。大人気ないことを理解した上で。


「それにしても、あなたはどうしてそんなにもチェスが手慣れているのです? クレア様はお強いですのに」

「本当よね。すぐに追い詰められるのだけど」

「実はこの手のゲームにはよく付き合わされておりまして、自然とこのように」

『孤児だったルークを拾ってくれた家族に付き合わされていた』と。

 この男が端折った部分を一人理解すると、ひっそりした優越感が湧く。

 もちろん、ただそれだけである。


「サリア、次にチェスをする時はわたしとチームを組んでちょうだい? 一緒にこの人アレを倒しましょう」

「もちろんですわっ! 次にお会いする時までに鍛えておきますわね!」

「わたしもそうさせてもらうわね」

 実際、鍛えておかなくとも手加減をして勝たせてくれるだろう。

 そう安心するクレアローナだったが、ふと我に返る。


 この男なら、大人気なく本気を出してきそうだと。

 勝ちたいために。そして、勝つまで続けるように仕向けたのなら、サリアがずっとこの家に来てくれると考えて。


「もし自分にお勝ちできた場合には、お願いごとを一つずつお叶えいたしますよ」

「本当ですの!?」

「ええ、もちろん」

「そんな挑戦的なことを言ってよいのですか。あなたが負けた瞬間、解雇する旨を伝えますが」

「そ、それだけはご勘弁いただけたらと……。はい……」

 職を失えば、恩義を抱いている義両親に面目が立たないのだろう。

 偽りの姿を未だ見せ続けているが、その顔には大きな焦りが見える。


「あっ! でしたらわたくしの元でお務めをしてくださいまし! たくさん遊んでもらうんですのっ」

「……なら、勝った時はこの男の解雇はやめようかしら」

「ど、どどどどうしてですの!!」

「それでは痛い目を見させてあげられませんから。こうしてわたしを虐めているのですからね」

「は、はは……」

 ジト目で睨めば、安堵が混じった笑みを浮かべる男だった。

 今日だけでそんなに気に入ったのか、頬を膨らませているサリアだった。


 そうして、この部屋で何時間を過ごしただろうか。

 別れの時間がやってくる。


「では、約束の時間なのでお戻りしましょうか。サリア様。ご案内いたします」

 ルークの言葉に『コク』と頷くサリアは、後ろを振り向く。


「それではクレア様、寂しいですがまた来させていただきますわね!」

「ええ、いつでも待っているわ」

「はいっ!!」

 別れの言葉が短いのは、お互いにそう決めているから。

 後腐れれば後腐れるだけ、別れが辛くなり、悲しくなると。


「ルーク、あとは任せましたよ」

「申しつかりました」

 その言葉を最後に、二人がこの部屋から出て行く。


 サリアとルークの話し声が廊下から聞こえてくる。


 一人きりの空間になる。


「…………」

 この時、いつも寂しい思いに襲われるクレアローナだが、今日は少し違った。

『見送りしたあと、ルークがこの部屋に帰ってきてくれる』そう思うことで。

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