第20話 Side、クレアローナ③

「ここはこれで合ってますわよね……? 間違っていたら教えてくださいまし」

「合っておりますよ。その調子でございます」

「……ねえルーク。あなた変なことをサリアに教えていないですよね」

「それはもちろんでございます」

 その後。

 寝室からこの部屋に戻った戻ったクレアローナは、知らぬ存ぜぬの態度を保っておしぼり遊びを教える男にジト目を向けていた。

(知らないふりをするのも大変ですね。聞き耳を立てていたわたしが悪いのですが)

 なんてことを思いながら。


「もう一つ聞きます。わたしが席を外している間、サリアに変なことを口にしていないですよね」

「そ、そちらも当然でございます。そうですよね、サリア様」

「……」

「サ、サリア様?」

 彼が覗き込むように促すも、返答はない。

 その代わり、真剣な表情のままに、一生懸命手先を動かしているサリアがいる。


「集中しているのですから、そっとしてあげてください。もうわかりましたよ」

「あ、ありがとうございます」

 彼が変なことをしていないというのは既に知っていること。

 知らないふりをすると言っても、責め続けてしまうのはやり方として間違っていることだろう。

(普段の言い合いを行えば、サリアが心配するかもしれませんからね)

 純粋なばかりに、冗談がなかなか通じない可愛い彼女でもある。


 そんなサリアは、ここでようやく口を動かした。

「ね、あなた。ここからはどうするのですの? わたくしが作ったものを早くクレア様にお見せしたいですわ」

「あ、次の作業が一番難しいところになってきまして……。サリア様のお手を拝借してもよろしいでしょうか?」

「わたくしの? はい?」

 なにもわかっていないようにコテッと首を傾け、小さな両手を彼に向かって伸ばすサリア。

 そんな彼女の手を、彼は当たり前に握った。

(……)

 包み込むように握ったのだ。


「ここはこのように、中に中に入れ込んでいく形になります」

「……」

「少々お力が必要なので、ご注意くださいね」

「…………」

『わかりやすく教えるため』に手先に集中している彼はなにも気づいていない。

 サリアが手先に全く集中できていないことを。

 いきなり手を握られてしまったことで、目をまんまるくしてルークを凝視していることを。


(はあ……。わたしは警告していたのですけどね。サリアに色目を使わないようと)

 まだ幼い年齢ということも加味して、手を握るという対応をしたのだろうが……箱入り娘のサリアなのだ。

 他の令嬢と違って異性との触れ合いに慣れているわけではないのだ。


「と、この調子で進めていただけると完成は間もなくでございますよ」

「……そ、そうですの。が、頑張ってみますわ」

「またなにかわからないことがありましたら、お声がけくださいね」

「あ、ありがとう……」

「どういたしまして」

 サリアに向かって優しく微笑み、立ち上がった彼は見守るように背後についた。

 相変わらずの『演技』をしているが、この面倒見の良さは子ども好きなのだろう。

 しかし、それで許すわけではない。


(わたしは言いましたが。サリアに色目を使わないようにと)

 もう一度、同じ感情をルークに飛ばすと、今回は目が合った。

 しかし、今の気持ちが伝わっている様子はない。

 こちらの気も知らないで——変な顔をしながらピースを返される。


(まったく……。こんな人に慕われても、自慢になるどころか恥ずかしいだけですよ)

 これは呆れである。呆れであるが、口元を緩めれば、変な顔に笑ったと勘違いしたルークがさらに変な顔を作り始めた。


 誤解しているだけに、なんとも情けない彼である。が、演技をして目を細めてみると——どこか嬉しそうな顔になった。


 最近はふと思うのだ。

 こちらを元気にさせようとしていたり、喜ばせようとしている目的が彼にあるのではないかと。


「こほん。それはそうとルーク。あなた手先巧みなのですね。おしぼりでリンゴの形が作れるなんて、わたしも知りませんでした」

「『覚えておいて損はないから』と、教えていただいたことでございます」

「そう」

(……変なところで真面目なのよね、この人)

 だらけきった素の性格を持っていることを、疑ってしまうようなセリフである。


「クレアローナお嬢様もご一緒にされますか? リンゴ以外にも、ネコやウサギもお作りすることができまして」

「いえ、わたしは見ているだけで楽しいですから。それよりもサリアのお相手をしてください。待っていますよ」

「えっ? あ」

 アイコンタクトでも伝えれば、上目遣いで見ていたサリアと目が合う彼である。


「も、もう一度教えほしいのだわ」

「あれ……サリア様。もしや巻き戻されました? 形が戻っておられるような……」

「それはその、一人でも作れるように覚えているのですわ」

「なるほど。それではもう一度お作りいたしますね」

「はい」

 そこで改めて両手を差し出すサリアがいる。『さっきと同じようにして』と言わんばかりに。


「はは、それではもう一度お手をお借りしますね」

「ん」

 そうして改めて丁寧に教え始める彼だが、また集中できていないサリアである。

 変わらずに彼のことを凝視しながら、今度は頬が朱色になり始める。


 今度は自らお願いしたこともあり、恥じらいを覚えたのだろう。

(……)

 その様子を見るクレアローナは、口を挟まない。

 ただ、思う。








(彼はわたしのものではありますからね、サリア)

 ルークがいなければ、不便ではあるのだから。

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