第19話 Side、クレアローナ②
「あなたダメですのよ。クレア様に意地悪をしては。ご主人様に当たるのですから、まずは敬意を払うべきですわ」
「で、ですからそれはクレアローナ様のご冗談で……」
「本当ですの……?」
「は、はい。もちろんでございます」
(ふふふ)
お手洗いに向かうわけではなく、寝室に入って耳を澄ますクレアローナは、さっそく聞き耳を立て、二人の様子をこっそりと見守っていた。
(サリアは目を細めながら詰め寄っているでしょうね。きっと)
まだまだ純粋な少女なのだ。
声を聴くだけでもルークに向けている感情が全て伝わってくる。
そして、面白く思う。
デリカシーがなく、面倒くさがりな彼がしどろもどろになった様子に。
(彼が調子に乗るような時は、サリアを呼びましょうか)
我が伯爵家の面目を潰さないように必死なのだろうが、生意気な彼の弱点を見つけたというのは、なにかと高揚してしまうもの。
「でしたら、いつもお二人はなにをされているのです? 意地悪をしてないのであれば、スラスラとお答えでききますわよね」
「最近でありますと……クレアローナ様の自学にお付き合いをしております」
「あら! それは褒められることですわ」
「ありがとうございます」
「ただ——
「は、はは……」
(さすがはサリアね、ふふ)
疑いの眼差しを向ける時のサリアはなにかと鋭いのだ。
『ほとんどサボっていますから、もっと責めていいですよ』と、寝室から声を上げて教えてあげたいが、それをしてしまったらお手洗いに行っていないことがバレてしまう。
(本当、一生懸命に働かないからそうなるのですよ。ルーク)
言い当てられたことで一つの教訓になっただろう。しかし、彼が変わることはないだろう。
クレアローナがそのように命令することはないのだから。
自分自身が不思議に思っていることだが、あの働きぶりでも不満はないに等しいのだ。
言いつけは全て守り、美味しい紅茶も淹れてくれて、周りの皆と違って差別もせず、わかりやすいように算盤も教えてくれて、花を持ってきてくれたことも……。
しかし——
(——そのプラスを帳消しにしている人が、彼ですけど)
『素で接しているから仕方がない』と言えるかもしれないが、本当にこの一言である。
「ねえあなた」
「はい」
(っ)
いろいろと思い返していたその時、クレアローナは聞く。
真剣なものに変えたサリアの声色を。
「あなたに一つ聞きたいことがあるのだわ」
「なんなりとお聞きくださいませ」
「ではその……失礼なことだけど、あなたは本当にクレア様のことをお慕いしているのです?」
「えっ?」
「わたくしは心の底から心配しておりますの……。ですから、勇気を振り絞って聞きますわ!」
今、両手をぎゅっと握りながら、ルークに対面していることだろう。
(……やはり、というべきですかね)
サリアの性格を考えれば、避けようのなかったことかもしれない。
微笑ましかった内容が、聞き耳を立てるには好ましくない内容に変わる。
耳を離そうとするが、気になることがあった。
「クレアローナ様のご容姿がいわくつきであり、自分が新人の従者だからでしょうか?」
「いわくつき……? とはなんですの?」
「簡単にお例えしますと、民話に出てくる怪物と似たご容姿をされている、となります」
「そ、それには頷きませんわ! 変なことを言わないでくださいまし!」
「はは、それは失礼いたしました」
(そこで笑わなくとも良いと思いますけどね……。わたしも好きでこの容姿になったわけではないですから)
もう割り切ってることで傷つくことはないが、相変わらずの彼である。
(まあ、せっかくですからルークの本音を聞いておきましょう……。笑った罰として)
嫌ならば嫌でもいい。
不便にはなるが、従者がいなくとも生きていけはするのだから。
「それで、本当のところはどうですの? 内緒にしますから教えてくださいまし」
「第一にですが、どのようなご容姿であっても、自分は態度を変えることはいたしませんよ」
「クレア様のことを警戒されているから、意地悪をしているのではないのです?」
「で、ですからそれはクレアローナ様のご冗談でして……」
ただのからかいで、悪ふざけだったが、どうも信じきっているサリア。
(ご、ごめんさいねサリア……)
これからの冗談は控えめにするべきだろう。
そんな反省をクレアローナがした瞬間だった。
唐突と聞くことになる。
「それで本題になりますが、自分は嘘偽りなくクレアローナ様のことをお慕いしておりますよ」
「……」
「もちろんお関わりになって間もないですから、円満に進んでいないこともございますし、サリア様以上に心を許されてもおりません。が、クレアローナ様の素敵なところは、自分が一番間近で見ている自負がありますので」
「やっと伝わりましたわ。初めからそのお顔をしてくださいまし」
「な、なにか変わっていますでしょうか?」
「瞳の中も違いますわ」
「あ、はは……。そうでございますか」
(はあ……。相変わらず演技が上手ですこと)
苦笑いの声に、この気持ちを乗せるクレアローナ。
「ちなみに、あなたはどのようなクレア様をお慕いしておりますの?」
「申し訳ありませんが、そちらは秘密でございます」
「なぜですの!?」
「普段とギャップが……ではなく、その……クレアローナ様の良いところはたくさんありますから、口にすればするだけ恥ずかしくなるものでして」
「ギャップ……? ですの? とにかく、わたくしも教えますのよ?」
「そ、それよりサリア様!」
ルークが普段以上に大きな声を上げた。
「サリア様はおしぼり遊びというものをご存知ですか?」
「お、おしぼり遊びです?」
「はい。このおしぼり一つでさまざまな形を作っていくというものになるのですが……」
「ふむふむ」
「これをこうしてですね、この角を折り、こうしますと……ほら、あっと言う間にリンゴの形に」
「っ! それはすごいですわねっ! 是非わたくしにも教えてくださいまし!」
「それでは今度はゆっくりとお作りしますね。お上手にできましたら、クレアローナ様がお褒めになることでしょう」
「が、頑張りますわっ!!」
そうして、先ほどの会話が終わった。
内容が戻る様子もない。
(上手に話を逸らされてしまいましたか……)
子どもごころを上手にくすぐり、意識をすぐに変えさせた彼である。
変えさせたということは、『恥ずかしい』という都合の悪いことがあったということ。
普段からあんな態度で、信じられるものではないが、状況証拠が揃っている。
(……彼が思うわたしのよいところ……本当にあるのですね)
鼓動の早まる胸を手で押さえるクレアローナ。
「……ま、まあ演技ということもありますけど」
そうぼそりと呟き、ふと鏡を見てはすぐに逸らす。
嫌な自身の容姿を見たからではない。顔が赤くなっていたからでもない。
ただの気まぐれである。
本当にただの気まぐれである。
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