第18話 Side、クレアローナ①
可愛らしいサリアと二人きりでお話すること数十分。
淹れ立ての紅茶に焼き菓子を
「っ、とても美味しいですわね!」
「お口に合ったようでなによりです」
青の目をキラキラさせて甘い紅茶を味わうサリアに、微笑みかける男がいた。
「ミルクもご用意しましたので、ご気分に添えばこちらも是非。お手拭きはこちらに」
「あ、ありがとう存じますわっ」
「もったいないお言葉でございます」
一度は警戒……いや、敵対心をむき出しにしていたサリアだが、『嬉しいことをしてくれた』対応一つで心変わりした様子を露わにしている。
幼い年齢が年齢。そして箱入りのお嬢様ということで、誰よりもガードがゆるゆるなのだ。
結果、素があんな彼にコロコロと騙されてしまっている。
(……本当、上手に取り繕うのですから。違和感がすごくて堪りません)
このようなことを思いながらクレアローナが視線を向ける先は、従者の男。
普段からデリカシーもない人物だが、今は伯爵家に仕える者らしく振舞っている。
第三者を挟んだ本気の姿を今回初めて見るわけだが、サマになっているのは否定できない。
(一応はわたしを立てるように頑張ってくださっているのでしょうけど、嬉しくはありませんからね)
なにせ今の頑張りでは取り返しがつかないほどのマイナスの評価を普段から取り続けている彼なのだから。
改めて——。
頑張っている姿を見ても全く嬉しくはないが、一応のお返しはすることにする。
多少恥ずかしくはあるが、初めての呼び名で。
「
「いえいえ、お気遣いなく」
「あらそうですか」
紳士的に首を横に振舞っているが、ひしひしと伝わってくる。
『座れないことをわかって聞いてるだろ……』と、責めた視線まで。
期待通りの反応をしてくれる彼。
普段の読書で憧れていたこと。こんな掛け合いができる相手ができるなんて、思ってもみなかったこと。
クレアローナは笑みを隠すように98点の紅茶を口に含んだ。
「本当によろしいですの? アナタ。わたくしも気にしませんわよ?」
「サリア様までお気遣いをありがとうございます。仕事柄で恐縮なのですが、腰を下ろしてしまうのは落ち着かなく」
「……ふふ」
「どうされましたかあ? クレアローナお嬢様」
「いえ。なにも」
「そーでございますか。なにかありましたら気軽に申してくださいね」
丁寧で優しい言葉をかけてくれるが、『絶対あとで仕返ししてやるからな』と言わんばかりにピクピク眉を動かしている。
サリアにバレないように起用な立ち回りを取っているが、面白い反応である。
裏表の激しく、気持ち悪いくらいに取り繕っている彼だが、内緒のアイコンタクトをするのは楽しいことだった。
「ね、クレア様」
「っ、どうかしたの?」
「今気づいたのですが、あちらの窓際に置かれたお花はプレゼントされたものです? よいインテリアになっていると思いまして」
小さな指をピンと、鉢植えをさすサリア。
「いいえ、これは彼が園庭から見繕ってくれたものなの。もらいものではないわ」
「そ、そうなのですか」
「ええ」
『そうに決まっているでしょう?』と本来ならば返すところだが、意外な反応をしてくれることで柔らかく返す。
(相変わらず優しい言葉をかけてくれるんだから、サリアは)
世間知らずといえばその通りだが、誰にも言わないことだが、一人の『人』扱いされることは本当に嬉しく思うこと。
(選定の色合いには未だ納得していませんけど)綺麗なお花よね」
「はい! クレア様のお色でとても綺麗ですの!」
「まったくもう……。会うたびにそのようなことを言うのだから……」
「だって本当にそう思っていますものっ」
「まあその、サリアがそう思っているのならわたしは嬉しいわ」
自分にとって大嫌いな色だが、褒められて嫌な思いをするわけではない。
手を伸ばしてサリアの頭を撫でれば、『でへへへ』とお嬢様らしくない声が無意識に漏れている。
これも可愛いものだ。
「ねえルーク。明日には追加のお花を見繕ってもらえる? 薄紅色と青色のお花が好ましいのだけど」
「承知しました」
「えっ、よろしいのですの!? それはわたくしのお色で……」
「もちろんよ。丁寧にお世話をしておくから、次に会う時のお楽しみにしてちょうだい?」
「っ! やりましたわ!!」
「ふふ、そんなに喜ぶことなのね」
「当たり前ですわっ!」
紅茶を味わった時以上に目を輝かせているサリアからは、滲み出ているような嬉しさが伝わってくる。
(こうなることを見越して、最初にお花を見繕った……というのは考えすぎですかね)
再び視線を送るも、彼と目が合うことはなく、独りでに目を細めていた。自然にも。
一体なにをそんなに喜んでいるのかは、わからないこと。
「それにしてもアナタ、配色がずるいですわよ」
「ッ、ずるい……ですか?」
気を抜いていたところにサリアから声をかけられる彼。
「そうですのよ。赤色と白色の中心に
「はは……。クレアローナお嬢様をお慕いしているのは、こちらも同じでして」
「へえ、わたしのこと慕っているの? あなたが?」
「そうでございます」
堂々と返事をしてはいるが、普段の態度からはとてもそうは思えないこと。
「……不思議そうですのね? クレア様」
「だって彼、わたしに意地悪ばかりしているのだから」
「なんですって!?」
「ッ!! そのようなことは決してございませんよ。誤解です、サリア様」
「クレア様がそう申していているのにもかかわらず、よくもまあそのようなことが言えますのね!?」
「で、ですからそれは……」
両手を腰に当ててぷりぷりしているサリアと、明らかに動揺している彼。
(いたいけな少女を騙しているのですから、このくらいの罰は与えておきませんとね。『慕っている』なんて嘘は簡単についていいものでもありませんし)
意地悪なことをしているのは理解しているが、彼なら大丈夫だと思っている。
このようなキッカケでも、サリアと仲良くなれるとは信じていて。
「さて、わたしは少しお花を摘みにいってきます。ルーク、サリアを任せましたよ」
「し、承知しました」
「わたくしが厳しくお説教をしておきますわ!」
「ふふ、よろしくね」
ここで立ち上がる。
(主人としては、二人が関わる時間を作ることも大事でしょうからね)
その思いでこの部屋を抜けることにする。
そして、なにかあってもすぐに対応ができるように、隣の寝室で二人の会話に耳を澄ますことを考えるクレアローナだった。
——ルークから予想外の言葉を耳にすることを知る由もなく。
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