第17話 来訪と各々の嬉しさ

「ク、クレアさまぁああ〜!」

「ふふ、お久しぶりね。サリア」

 賑やかになる一室。

 てくてく——てくてくてくてく。と、どんどんと早足になって、クレアローナに飛び込んでいくのは子爵家のサリアだった。


 年齢通りの小さな身長と幼い顔立ち。

 毛先まで整った薄紅色の髪は目隠れ気味であるも、まんまるの綺麗な青の瞳が見える。

『絶対に人懐っこい』

 そんな印象を第一に抱く男は、ドアの前に立って二人の様子を静かに伺っていた。


(はあ……。もっと自然に笑えばいいのに。ここにあんたの敵はいないんだから)

 尖った歯を隠そうと意識しているクレアローナを見て、そんなことを思いながら。


「相変わらず元気そうね。安心したわ」

「元気にならないわけがないのですわっ。クレア様とお会いできるんですもの!」

「あらそう。あなただけよ。そんなことを言ってくれるのは」

「サリアの独り占めですから、それはそれでよいのですっ」

「ありがとう」

 クレアローナにぎゅっと抱きつき、幸せそうに頬擦りまでしているサリア。

 見ているだけでわかる。とんでもない懐き具合に。

『たらし込んでいる』と言っても過言ではないだろう。


(その顔を毎日見せてくれたらいいんだけどな……。本当)

 幸せそうにしているのはサリアだけではない。彼女から求められているクレアローナも同じ。

 言葉にはしないが、その光景を羨ましく思う男である。


『無い物ねだり』という言葉が正しいもので、今の表情を見た記憶は一つもないのだから。


「それはそうと、サリアに新しい従者の紹介をしてもよいかしら」

「もちろんでございますわっ!」

「じゃあほら、サリアに自己紹介をしてちょうだい」

 クレアローナがその促しをすれば、体を回転させてこちらを向くサリアである。

 背後から抱きしめられたような状態を保ったままに。


(どんだけ懐いてるんだか……)

 なんて独り言を心の中で呟き、切り替える。


「自己紹介の場を作っていただき恐縮です。私、ルーク・アルブレストと申します。以後、お見知りおきください」

「わたくしはサリア・ブルターニュと申しますわ。見ての通り、クレア様のことが大好きですの」

「それはこちらとしても、大変嬉しく存じます。クレアローナお嬢様を今後もご贔屓ください」

「もちろんそうさせていただくのだわ」

 気のせいだろうか——。

(なんか敵対心を感じるような……。容姿が容姿なだけに全然怖くないけど……って、笑うな後ろ。バレるから)

 クレアローナの腕をぎゅっとして、なぜかムッとした顔を向けているようなサリア。

 そして、クレアローナは笑いを堪えた様子。

 偽った態度や口調であることを知っているだけに、変に思うのだろう。


 なんとも言えない気持ちに立たされていると、サリアがジト目で話しかけてくる。


「ねえあなた」

「いかがなさいましたか」

「あなたはクレア様をお支えする覚悟はしっかりとできていますわね?」

「もちろんでございます」

「もしクレア様に悲しい思いをさせるようなことがありましたら、わたくしは絶対に許しませんわよ」

「はい。その際には命を持って償わせていただく所存です」

「約束よ?」

「約束いたします」

 ぬいぐるみのような可愛い見た目をしているだけあって、ぷりぷりした態度もまた似合っている。

 そして、クレアローナのことを想っていなければ出ないセリフには、嬉しい以外にない。


「クレア様、どうして異性の従者をおつきにしたのですか? 今まで同性の方ばかりでしたわよね?」

「そ、それはそうだけれど……」

 ここで頬を膨らませてクレアローナに向かい合うサリアである。

 今のセリフで敵意を向けられた理由に確信が持てたが、一つ言いたい。


(裏じゃ憎まれ口を叩き合ってるんだけどな……)と。

 おめでたい関係でも、おめでたくなるような関係でもない。絶対に。


「お父様の方針だから仕方がないでしょう?」

「異性だとは思っていなかったのだわ……。ご容姿もなかなかのものですし……」

「容姿はそこまででしょう」

(そこは別にバッサリ否定しなくてもいいだろ……)

 スルーできたところなのに、あえて切り込むクレアローナは本当に可愛くない。


「あと、ああ見えても今までで一番頼りにはならないわね」

「そうですの……」

 その言葉を聞いた途端である。まんまるの瞳を半分にしてこちらを見てくるサリアがいる。

 明らかに責めた表情であるが、やられっぱなしでは気が済まない。会話できるチャンスをしっかり掴むことにする。


「ご冗談はおやめください、クレアローナお嬢様。いつもお褒めの言葉をかけてくださるではありませんか。それはもうもったいないほどに」

「なにを言っているのですかね。そのような記憶は一切ないのですが」

「照れ隠しをなさらずとも」

「……あなた、あとで覚えておきなさい。後悔させてあげますから」

「ご容赦ください」

 10秒程度の掛け合いであるが、『勝ち』の感覚を覚える男。

 だが、このたった10秒程度で不機嫌になる者がいた。


「……」

 大好きなクレアローナを独り占めされたと思ったのだろう……。むぅぅぅとこれ見よがしに頬を膨らませていくサリア。

 明らかな不満がこちらに伝わってくる。


(ちょ……。お、怒ってるって。めっちゃ睨んでくるって……)

 立ち位置の関係でこの様子に気づいていないクレアローナ。

 そんな主人にアイコンタクトを送り、『下! 下!』と目線で伝えれば、すぐに気づいてくれる。


 無言のままに頭を撫でれば、『ビクッ』と肩を上下させた後、にんまあと表情を崩していくサリアがいる。

 この一瞬の変わりようは、思わず目を見張ってしまうほど。


「え、えっと……クレアローナお嬢様。焼き菓子等ご用意はできますが、どうなされますか?」

「せっかくだからお願い。サリアには渋みの少ない紅茶も淹れてもらえる?」

「かしこまりました」

(渋みが少なくて飲みやすいやつ……と)

 失態を犯さないように、すぐに頭の中で反復させる。


「あなたが淹れる紅茶……美味しいんですの?」

「ふふ、『頼りない』なんて言いはしたけど……期待しておいて。サリア」

「それではご用意をしてまいりますので、一旦失礼いたします」


 丁寧に頭を下げ、この部屋を出る男。


「……」

 音なくドアを閉めると、そのまま動きを止める。


 第三者がいたからではあるが、クレアローナから初めて聞いたのだ。

『期待しておいて』との褒め言葉を。


「……」

 無意識に目を細める。

 そして、無意識に笑みを漏らす男だった。


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