第12話 自身の変化

「あー。苦しい。苦しすぎる……」

「だらしないですよ」

「今は我慢してくれ」

「まったく……。主人わたしの前でそのようなことを言うこと自体、解雇案件ですよ」

 椅子の上でぐったり。パンパンのお腹を押さえながら顔を歪めている男に、容赦なしの言葉を放つクレアローナがいた。


 この部屋に運び込まれた料理は無事に完食。

 完食に協力したクレアローナも同じように苦しい思いをしているわけだが、ピンとした姿勢を崩したりはしていない。

 さすがの伯爵令嬢だろう。


「第一、しっかりと考えて物量を選ぶべきです。わたし達は考える頭を持っているのですから」

「今だけは正論言わないでくれ」

「……はあ」

 呆れのため息を吐くクレアローナだが、そのお願いを呑むのだ。

『少しでも多く食べてもらえるように』たくさんの料理を取ってきてくれたことを知っているだけに。


「てか、あんたもこんな風に体崩してみたらどうだ? 楽になるぞー」

「淑女としてそのようなことは許されません」

「まあ一理あるな」

「百里ありますが」

「ははっ、まあそりゃそうか」

 わかっているのに言ってくる。そんな性格の男であることを学んでいるクレアローナだ。


「んで、昼飯も食ったし……これからなにするだ?」

「少し休憩を挟んで自学に取り組みます。わたしは学院に通っていませんので」

「ああ、ホームスクーリングなんだな。誰かに教えてもらうのか?」

「言葉通り、自学ですが」

「え? ホームスクーリングなのに一人?」

 この話題になった途端、苦しそうな表情を一変させて驚いた顔になる。


「何度も説明しているのですから、意外な顔をしないでくださいよ。いい加減に。この容姿ですから当たり前ではないですか」

「な、なんかごめん。こうして関わってると、怖がられる意味が本当にわからなくなってくるんだよな」

「っ」

 予想もしていなかった返し。切れ長の大きな目を丸くするクレアローナがいる。

 カウンターを食らってしまったように、言葉を失ってしまうのだ。


「ん? なにか変なこと言ったか?」

「そ、それもありますが……同じ言葉を言われたことがあるので」

「ほう。俺以外にも友達いたんだな」

「あなたとはお友達ではありませんが。勘違いしないでください」

「そんな怖い顔しなくてもよくないか?」

「変なことを言うからです」

 隙あらば挟み込んでくる言葉をしっかりとブロックし、クレアローナは説明に戻る。


「まだ13歳の女の子ではありますが、その子がわたしの唯一のお友達です」

「ふーん。よくこの家に来るのか?」

「3週間に一度です。昔は1週間に一度来てくれていたのですが、お父様が面会数を減らすように通達をされたようで」

「なるほどねぇ。ありもしない噂を持つあんたと仲良くすればするだけ、他貴族にもそんな噂が流れて迷惑がかかるから、と」

「簡潔に言えばそうですね」

 その他にもいろいろあるが、『迷惑がかからないように』という点は大きな要因である。


「実際に正しいリスクのケアなので、もっと回数を減らしてほしいくらいですが」

「素直になってもバチは当たらないんだけどな」

「……うるさいです」

「ん、そうだろうな」

 いつも笑うところで笑わない男。ゆっくりとまばたきをしながら、そう返してきた。

 確信を突くことがわかっていたのだろう。


「まあ、一応はアレだな? 回数の減らされ方にはまだ優しさがあるみたいな」

「お友達……サリアが駄駄だだねたようですから」

「ああそう……。期待した俺が馬鹿だった」

 眉をしかめ、わかりやすく不快な表情を露わにしている。

 そんなことをしてもなにもいいことはないのに、わざわざしてくれる。


「お父様に今の言葉を聞かれてしまえば、どのような処罰を受けるかわかりませんよ」

「まあ聞かれた時は聞かれた時だよな。俺は間違ったことは言っちゃいないし」

「……命知らずですね。怖いもの知らずとも言えますが」

「まああの時から死ぬ覚悟はできてたし、怖いもの知らずじゃなきゃ生きてけなかったからなぁ……」

「……そうですか」

 親に捨てられてしまい、孤児になった過去の——『あの時』を言っているのだろう。

 暗い話は深堀りすることはしないクレアローナである。


「お話を戻してそのサリアですが、明後日のお昼に顔を出されると思います」

「そんな直近なんだな」

「はい。一つだけ釘を刺しておきますが、失礼を犯さないでくださいね。今のあなたはわたしのお付きなのですから」

「その辺は心得てるから大丈夫だ。ちゃんと猫かぶる」

「今のあなたがどのような風に変わるのか楽しみですね」

「ちなみに、あんたを笑わせることを目標にしてる」

「失礼を犯さないことを目標にしてください」

「はは、まあそれも目標ってことで」

「お願いしますよ」

 と、キリ良く話も終わる。

 クレアローナが時計を見れば、『いつの間にかこんな時間』と言えるような感覚だった。

 気を許してはいなければならない現象なのに、なぜかこうなっていた。


「よし、それじゃあそろそろ勉強するか」

「……はい?」

「勉強を教える人がいないなら、俺が家庭教師しても特に問題ないだろ?」

「あの、あなたが学問を教えられるのですか。失礼を承知で知性を感じられないのですが」

「まあまあ。やる時はやるんだから、俺」

「付け焼き刃でできるものではありませんが」 


『どうせ邪魔をしてくるのだろう』

 そうわかっていても、クレアローナは止めることをしなかった。


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