第11話 予想と

「ん? もう食わないのか?」

「普段は一食ですよ。これでも食べた方です」

「ほら、もう一口」

「お腹が苦しいです」

 食事が運ばれて、15分ほどが経っただろうか。

 男にツッコミを入れられ、さらにはおかわりをするように催促されるクレアローナがいた。


「苦しい思いができるまで食べられるって幸せなんだぞ?」

「お腹の限界が近いからと、わたしに減らさせようとしないでください。こんなにも運んできたあなたが悪いのですから」

「ははっ、それは言わない約束だろ?」

「約束はしていません」

 なんて冷たくあしらいながらも、膨れるお腹を一度押さえ、「少々」とおかわりを注いでもらう。

 満腹なのは本心である。これはクレアローナの善意である。


 そして言葉通りに『少しだけ注いでくれた』男から皿を受け取り、口を開く。


「……本当、あなたが来てからですよ。こんなにも騒がしいお食事は」

「ははっ、皿とフォークがカチャカチャ鳴るだけの食事よりはマシだろ?」

「そうとは言えません。疲れますから」

「じゃあもっとエネルギー補給をしないとだな」

「一つ教えて欲しいのですが、そんなにも限界を迎えているのですか」

 もっと食べてほしいと伝わる言葉。

 この部屋に運ばれた大量の料理も残り少しとなっているが、どのくらいの量を食べるのか、クレアローナは判断できないのだ。


「まあ……そうだな。美味そうな料理ばっかりだったから、ちょっと調子に乗って取りすぎた部分はある」

「ふふ……」

「お!」

 ここでなにかに気づいたように、目を大きくした男。


「今初めて笑ってくれたな」

「……笑っていませんが」

「笑ってくれただろ」

「笑っていませんが」

「いや、今絶対笑った」

「笑っていませんが」

 スンと表情を戻したクレアローナと、ピクピク眉を動かす男。

 双方譲らないやり取りをする二人は、無言で見つめ合う。


「……」

「……」

「…………」

「…………」

 数秒の攻防が繰り広げられた後。

 白目になって、口の形を『へ』に変える男がいる。


「(笑わせようと)変な顔をしないでください。はしたないです。お料理も美味しくなくなりました」

「それは俺のせいじゃなくて、腹が膨れてるせいだろ」

「あなたのせいです」

「腹が膨れてるせい」

「あなたのせいです。あと繰り返さないでください。口を開く回数が多くなります」

「はは、それは俺のせいだな」

 また言い合いに発展する。

『意地が強い』ということができるが、昨日はこのようなやり取りはなかったのだ。

 この男のことだから、必ず狙いがあるのだ。


「あの、そんなにもわたしと会話をしたいのですか。あなたは」

「ん? そりゃそうだけど」

「……即答なのですね」

「別におかしなことじゃないと思うが」

「はあ。おかしなことですよ。この不気味な容姿なのですから」

 一度は自惚れだとは思ったが、『少しでも会話を多くするため』という予想は当たっていた。


「俺からすれば、周りの方が不気味に見えるんだけどな。ただの小童こわっぱを怖がってるわけで」

「そうですか。そんな『小童』に恐怖するあなたを見られることが楽しみです。満月の夜、首元に噛みついてあげますので」

「それっぽいシチュエーションを考える時点で、エセ吸血鬼なんだけどな、あんたは」

「……うるさいです」

 仮に吸血鬼ならば、血はいつでも吸えるもの。

 こればかりは正論だった。


「まあ、伝説上の生物になる生活も悪くはないかもな。一度でいいから空は飛んでみたいと思う」

「それでしたら、お屋敷の3階から飛び降りてみてはどうですか。夢、叶えられますよ」

「どんだけ俺のことが嫌いなんだか……」

 そんなことを勧められた時点で、そういうことになる。


「まあ、あんたに噛まれようともこの仕事は続ける気だから、血が欲しかったら言ってくれ。その時は痛くない感じで」

「肝が据わっているのですね」

「そりゃもう。なんならあんたの親とか周りに向かって、『血が欲しい』ってジョークかましてくるか?」

「そのようなことをすれば、吸血鬼を作ったわたしまで打ち首になりそうですね」

「ああ、それは盲点だった」

 笑う場面でないのに、なぜか笑みを浮かべる男。


「でもさ、綺麗ごとかもしれないけど、今までのことを考えたら、そのくらい許されなきゃおかしいよな」

「……仕返しはよくありませんよ。自分のためにも」

「そっか……。立派だな、あんたは。俺はそんな考え一度もできなかった」

「わたしよりも、あなたの過去の方が凄惨だと思います。その違いですよ」

「『幼稚ですね』とか言われるもんだと思ってた」

「そこで茶化すようならば、言ってあげますが」

「わ、悪い悪い」

 実際、(本音ではなくとも)その言葉が頭の中にあったクレアローナである。

 だが、言わなかったのだ。言えなかったのだ。


 小さなことでも、仕返しをしようとしてくれて。

 自分のことを考えてくれたから出る言葉だったことで。


 もしかしたら、この部屋に運ぶ料理を選んでいる時、なにか言われたのかもしれない。

 いや、なにか言われなければこんなことを言ったりはしないだろう……。


「あの……」

「ん?」

「無理はしないでください」

「な、なんのことだ?」

「なんでもありません」

「なんだそれ」


 男に動揺は見られなかったが、今までの専属が何故すぐに辞めていったのかはクレアローナが一番理解している。


『ありがとうございます』と心の中で呟き、満腹の中——口に料理を運ぶのだった。


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