第10話 Side、クレアローナ
一人になった部屋の中。
「本当……なに一つとして要らないお節介を焼くのですから……」
あの男に誘拐されてしまった花に触れて、ぼそり。
窓から差し込む日の光に当たりながら、小声を漏らすクレアローナがいた。
「おサボりしてばかりなのに、こんなことをだけはするのですから……」
無意識に目を細めながら……文句が止まらない。
だが、そこに嫌味は込められていない。
こうなってしまうくらいに嬉しかったのだ。
面倒くさがりで、極力働こうともしないだらしない人が、手に土をつけてまでこの部屋に綺麗な花を運んでくれたのだから。
この家のことはなにも手伝おうとしない人が、こんなに気遣ってくれるのだから。
(ほんの少しだけ、勘違い
突然だが、クレアローナは大嫌いなのだ。この家も、血の繋がりのある家族も。
一番信頼していた家族に冷たく突き放され、隔離までされたのだから。一人の人間としてもらえず、家族としても見てもらえないのだから。
もちろん生活をさせてもらっている恩は感じているが、それだけのこと。
そんなことで『今の環境』と釣り合いが取れるはずがない。
誰よりもこの辛さと戦っているクレアローナだからこそ、世話役の男が『家のことを手伝わない』ことで自分の仕返しをしてくれているように感じられるのだ。……が、スッキリとした気持ちを覚えたのは一瞬だけ。
「……わたしはいつからこんなにも性格が悪くなってしまったのでしょうね……」
こんなことを考えてしまうだけで、大嫌いな家族や周りの人間と同じレベルに落ちてしまう。
一応は家族なのだ。一緒に生活をしているのだ。
どんなに酷い扱いを受けていても……生みの親には違いない。
こんな風に思うのは間違っている。それがクレアローナ個人の意見。
「はあ……」
自己嫌悪に陥ったことのため息。
その気持ちを薄めるように、綺麗な花弁を撫でながら思考を変える。
(……それにしても、あの言葉は本心なのでしょうかね)
嬉しかったことを思い返すことで。
『今からでも別のお花を見繕ってはいただけませんか。白色と赤色はわたしが大嫌いな色ですから』
そんな言葉に男が返してきたこと。
『この色は普通に綺麗だからな? 綺麗だと思ったから俺はこれを選んだんだ』
——自分の髪色、目の色と同じ色なのに。
『だからこの色は変更しない。この花が枯れてもまたこの色を選ぶ』と。
——それくらいに綺麗な色だと。
ここは貴族社会なのだ。
普段なら『吸血鬼のあんたにはお似合いの色だよ』なんて皮肉に捉えてしまう。
だが、一人の人間として接してくれるあの人だから、デリカシーのない男だから『本心なのだろう』と感じられる。
あの性格なら、小難しいことはせずに『直接言ってくる』方が自然なのだから。
(そのような人が伯爵家のお付きというのも変なお話ですけど……)
いつぶりのことだろうか——。ふっと笑う。
口角が上がることで見える尖った八重歯を手で隠して。
「さて……」
あの男が離れてもう7分。
時間的にもうそろそろ戻ってくるだろうことを察するクレアローナは、花に手を伸ばしていた腕を下げ、隅に座って読書に戻る。
そして、すぐのこと。
「持ってきたぞー!」
騒がしく、ご機嫌な声が扉の奥から響かせてきた後。
コンコンとノックをして、料理が乗った台車を部屋に入れてくる男がいる。
その光景を見るクレアローナがいる。
「ほら!
「……」
台車の上に乗っている、いくつもの皿を見て声が前に出なかった。
成人男性が二人食べる量を持ってきたと言っても過言ではないだろう。
「え? 無視? 不味そうに見えるのか?」
「そうではありません。残す前提で選んだのですか。あなたは」
「食事量を増やすなら、好物を食べてもらうのが一番だからな」
「答えになっていませんが」
「ま、まあ……あんたが残す前提で持ってきたのは否定しないが、残ったやつは俺が全部食うからもったいないもないぞ?」
「この量をですか。にわかに信じられません」
少しでも食べてもらうために、こんなことをしてくれたのだろう。
本当にお節介を焼きすぎである……。
「確かに一人でコレはキツいけど、一応は二人で食うんだから大丈夫だ。ここの飯は美味いし」
「……わたしが食べられなければ、あなたが苦しい思いをする。その罪悪感を利用して食べさせようとしているのですね。なんとも
「——ん? 待て待て」
言葉に言葉を被せてきた男。
「俺なんかに罪悪感は感じないだろ? 憎まれ口あんなに叩いてるんだから」
「っ……! はあ、もういいです……」
「ええ? なんだそれ」
今のセリフはこちらのセリフである。
何も気づいていないのだから。
この男は嬉しいことばかりしてくれているのだ。苦しいことをさせてしまうことに罪悪感を感じないわけがない。
「とにかく苦しい思いをすればいいです」
「なんでそんな冷たくなるんだよいきなり……」
「うるさいです」
どうしてこんなところは鈍いのか。
不満を持つクレアローナは、ジトリと男に責めた目を向けるのだった。
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