第9話 心遣い?

「な、なぜお花を持ち運んでいるのですか」

 部屋に入ってすぐ。呆気に取られた声を出すクレアローナがいる。


「この部屋が湿っぽいから」

「意味がわかりません」

 陰気が漂っている。気分が沈んでいる。そんな意味を持った『湿っぽい』だとは理解しているも、この言葉を返す。


「あなたは立場を弁えてください。勝手なことをしないでください」

「まあまあ。説教はあとでちゃんと聞くから」

「説教を聞けばよいというものではありませんが」

「まあまあまあまあ。このくらいは許してくれ。今までの働きに免じて」

「サボっていましたよね」

「はは、じゃあ美味い紅茶を淹れてることに免じて」

「……」

 どのような正論を言っても。男は止まることをしない。

 へラヘラと上手に返してくる。

 そして花を入れた鉢植えを、日が入る窓縁に当たり前の顔で置く。


「よしよし、これでちょっとは映えたな」

「……」

 一歩、二歩、三歩と後ろに下がり、全体を視界に入れて満足げに頷く男。その一方で、細い眉を八の字に変えるクレアローナは、目を細めながら口を開く


「このようなことをしたのですから、責任はしっかり取ってくださいよ」

「責任?」

「お花も生きているのですから、枯れさせるようなことはしないでください。ということです」

「この部屋に置くんだから、連帯責任」

「繰り返しますが、意味がわかりません」

「俺が水を用意するから、あんたは水やり役」

 なぜこのように役を分けて二度手間になるようなことをするのか。

 水を用意したなら、そのまま与えればいい話。

 最初はそう思ったクレアローナだが、少し頭を働かせて理解した。


「……意地でもわたしに日の光を浴びさせたいようですね」

「いやあ? そんなつもりはない」

「そんなつもりがないとは思えませんが」

 白々しいと言える誤魔化し方だった。


「はあ……。ひとまずお水を与えるくらいはします。あなたのためではなく、こんなところに連れてこられてしまったお花がとても可哀想ですから」

「どこかの誰かさんが引きこもるようなことをしてるから、花が俺に誘拐されたのかもなぁ」

「もうあなた一人でお世話をしますか」

「じ、冗談だって」

「本音でしょうに」

 ジロリと視線を向けるクレアローナに、どこか慌てた様子の男。

 もうこれが演技なのかもわからない。


「それにしても、誘拐をするくらいならばまずはセンスを磨くべきですよ」

「え?」

「白色、赤色、黄色。このお花の配色のことを言っています」

「いや、そんな文句を言われるような色じゃないだろ。この三色が好きな人に謝りにいくか?」

「そのような意図はありません。わたしの髪色に目の色、あなたの目の色で選んでいるので、こう言っているまでです」

「別にいいだろ……」

「あなたのである黄色を、真ん中に配置していることも癪です。本来ならば主張の弱い白を真ん中に置くべきでしょう。不必要な自我ですね」

「そ、それも別にいいだろ……」

 階段になるような色の主張で配色した男だが、クレアローナには伝わらない。

 実際にこれは好みの違い。捉え方の違いだろう。


「あの、今からでも別のお花を見繕ってはいただけませんか。白色と赤色はわたしが大嫌いな色ですから。自身の容姿がどうしても浮かび上がってしまいますから」

「ああー。だからこの部屋には鏡が置かれてないのか」

「……」

「って、そんなに自分のこと嫌いなのかよ」

「当たり前です。この容姿さえなければ、周りから冷たく扱われることはないのですから」

 スラスラというクレアローナだが、その声には重たい感情が含まれている。


「周りから冷たくされてるって、俺のこと忘れてないか? 俺はそう扱ってないだろ?」

「あなたは人間ではなく、デリカシーのない化け物だとして見ています」

「……はいはい」

 相変わらずのクレアローナだと呆れ混じりの表情と声を露わにする男だが、ここで一変する。


「でもまあ、いろいろ思うところはあるんだろうが……」

 そんな前置きを入れて。


「この色は普通に綺麗だからな。綺麗だと思ったから、俺はこれを選んだんだよ」

「……」

「だからこの色は変更しない。この花が枯れてもまたこの色を選ぶ。どうしても文句あるなら、一緒に園庭にわで探すしかない」

「もうわかりましたよ。好きにしてください」

「はは、そりゃどうも。それで説教は?」

「もういいです。あなたに使う体力ほどもったいないものはありませんから」

「そうかそうか」

 賢明だというように笑う男。


「って、『体力』って言えばそろそろ昼飯の時間だな。食ってエネルギーを蓄えないとな」

「わたしのお食事は要りません」

「二食食べさせるって昨日約束しただろ?」

「約束はしていませんが。あなたが勝手に言っているだけです」

「まあ俺が腹減ったから、あんたのも一緒に用意してくる。あ、手を洗ってきたあとに」

「はあ……」

 美味しい料理が出されることを楽しみに思っているのだろう、ご機嫌にドアを開けて出ていく男を見送るクレアローナ。


 そして、一人になった部屋。

 椅子から立ち上がるクレアローナは、ゆっくりと窓縁に近づいていた。


「……」

 白魚のような手を黄色の花に添え、某男には内緒に——目をほんのりと細めてもいた。


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