第8話 意味

 その後のこと。

 嫌いではない読書をしていた男だが、限界がある。

 特に世話をするような出来事もなく、1時間、2時間と読書をしていたクレアローナに男は言う。


「なあ、いつもこんな生活送ってるのか? 日もあまり当たらないような部屋にこもって」

「そうですが、なにか文句でもあるとでも言うのですか」

「いや、別に文句があるってわけじゃ……いや、やっぱりある」

「無礼極まりないですが、一応聞いておきます」

 読書の手を止め、不満そうにルビーのような目を向けてくるが……この圧に押されることもなく、しっかりと伝える。


「せめて園庭にわで日の光を浴びないか? 外に出るのと出ないのじゃ全然違うんだから」

「はあ……。あのですね、わたしはこの容姿ですよ。あなたと違って周りは不気味がります。これ以上は周りにご迷惑をかけられません」

「もう迷惑をかけてるなら、どの道変わらないって。若いうちは周りに迷惑かけてなんぼなんだから」

「あなたがどのような屁理屈を言おうが、わたしはお外に出ることはしません。限られた範囲で動きます」

 キッパリと言い切るクレアローナは、『これ以上は言うことはなにもない』と言わんばかりにそっぽを向いて読書に戻る。

 毛先まで整った銀白色の髪を揺らすその姿は、本当に綺麗なもの。

『吸血鬼』なんて概念がなければ、この光景を見ただけで恋い焦がれることになるかもしれない。

 そして、世話役の男からすれば——本当に可愛くない。


「はいはい。じゃあほら、せめてここで本を読んでくれ。一応ここなら日が当たるから」

「読みづらくなるのでお断りします」

「ああ言えばこう言う」

「そもそもあなたはわたしにお節介を焼き過ぎです。サボらせてあげているのですから、ジッとしておいてください」

「わかったわかった」

 本当に嫌そうに。

 これを言われたらもう取りつく島もない。


「……」

「……」

 世話役の男も読書に戻り、さらに30分がすぎた頃。

 タイミングを見計らって再び声をかける。


「なあ」

「はい」

「熱心に読んでるけど、そんなに面白いのか? その本」

「面白くなければ読みませんよ」

「ふーん。一応は恋愛に興味あるんだな」

 クレアローナが読んでいる書物の中身を確認できてはいない男だが、ラブロマンスの物語であることは題名からわかること。


「意外ですか」

「まあ」

「わたしとは一番縁遠いものですから、当然興味はありますよ」

「なるほど。それはわかりやすい」

 手に入れられないものは手に入れたくなる。これに近しい感覚だろうか。


「まあ、興味すらないもんかと思ってたけど。俺にあれだけ憎まれ口を叩くぐらいだし」

「一つ問いますが、あなたのようなデリカシーのない男性を異性として見られるとお思いですか」

「もちろん思う」

「……そうですか。そのような人は『頭の中がお花畑』と例えることができるそうですよ」

「え? なんで?」

「脳の中に花畑でも広がっているのではないかと疑うほど、思考が浅いからです」

「ははっ、それまた上手に例えたもんだ」

 これを言われて嫌な気持ちにはならない。

 笑ってしまった通り、いい勉強をさせてもらったと思える。


「まあこんな考えを持てるようになると、あんたも少しは楽になるかもな」

「それを伝えたいがために、『もちろん思う』と答えたわけですか。また誘導されたような気がしましたが」

「いや?」

「回りくどいことをするのは、男性としてどうかと思いますが」

「だから誘導した気持ちはないって」

「そうですか。ではそういうことにしてあげます」

「あげますってなあ……。まああんたらしいけど」

「『可愛げがない』ですか?」

「自覚あるんだな」

「嫌なことですが、あなたの考えていることが少しだけわかってきただけです」

「お、それはよかったな」

 眉を上げて口にすれば、当然返される。

『嫌なことですが』と繰り返しに。容赦がないというのか、クレアローナらしいことだった。


 そして、さらに10分がすぎた頃。


「おいしょっと」

 キリよく読書を終えた男は、椅子から立ち上がっていた。


「それじゃ、ちょっと俺はちょっと失礼して」

「どこに行くのですか」

「お、寂しいか?」

「勘違いしないでください。あなたがなにか悪さを企んでいないか心配しただけです」

「まあまあ、ちょっとばかしいじめてくる」

「……?」

 主語を抜かした言葉に首を傾げるクレアローナ。その一方、男はうっすらと笑ってこの部屋から出て行く。


 それから何十分が経っただろうか。


 手にほんのりと土をつけた男が、ドアを開けて戻ってくる。


園庭にわで花、何個かもらってきた」


 鉢植えを大事に抱えて。

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