第7話 今朝の出来事
時刻は朝の9時。
「デリカシーのないあなたですから、寝室に入ってくるものかと思っていました」
「出た出た。その憎まれ口」
昨日指示された通り、世話役の男がクレアローナの自室で待っていると——
『おはよう』や『ごきげんよう』の挨拶もなしに、いきなりこんな会話から入るのは、この世界でこの二人だけだろう。
「って、寝室に入るわけないだろ。雇われの身なんだから、言われたことはさすがに守る」
「最低限の常識を持っているようで残念です」
「え?」
「杖を用意して待機しておりましたから」
「殺す気?」
「……」
違和感のある言葉に聞き返せば、まさかの殴打する準備を整えていたようだ。
そして、どう捉えることもできる無言を挟まれる。
綺麗に整った顔をじっくり見るも……真顔だ。感情を読み取ることができない。読み取ることはできないが、それをやり兼ねない相手だと思う男は、これ以上の刺激をせずに話題を変える。
「ま、まあ……とりあえず紅茶用意したから飲むか?」
「いただきますが、昨日のものとは色合いが違いますね」
「朝から渋いものはどうかと思ったから、すっきり系を用意してみた」
「……そうですか」
一拍が空いた返事。当然これは見過ごせないこと。
「ダ、ダメだったか?」
「いえ、そうではありません。
「ああそっちか。温かい紅茶を飲みたい時と、冷たい紅茶を飲みたい気分があるだろ? だから一応二つ用意してみた」
「……」
気の利くことをしたつもりだが、クレアローナは責めてくるように真っ赤な目を細めてくる。
「わたしなんかにそこまで気を遣う必要はありません。ご用意いただけたのなら、どちらでもお飲みしますから」
「いや、そこは甘えてもらわないと困るんだが。仕事なんだし」
「……はあ。ハッキリしてほしいものですね。あなたが真面目なのか、不真面目なのかを」
「はは、まあやるべきことはやるってことで」
男に与えられた仕事は『クレアローナのお世話をする』こと。その点はしっかり守る覚悟があるのだ。
「お話は変わりますが、あなたは『暑い』と『寒い』ならばどちらを選択しますか」
「暑いと寒い? んー。なら『寒い』だな。寒いなら汗もかかないし、虫も出ないし」
「そうですか。であれば、あなたは温かい紅茶を飲んでください。一口も飲まずして捨ててしまうわけにはいきませんから」
「なあ……。その質問したなら、普通は冷たい紅茶を飲むように言わないか?」
「わたしがこのように促すだけでも感謝してほしいものですね。本来なら分け与えられることはありませんよ」
「はいはい……。それじゃあ遠慮なく」
『本当に可愛くねえの』なんて含み声を入れて。
「——まあ紅茶は俺が淹れたけど」
「紅茶を淹れる腕だけは認めてあげても構いませんよ」
「怪物級に可愛くないよな、本当……」
「吸血鬼に可愛いもなにもありませんよ」
「そんな自虐をするから、周りから異常に勘違いされるんだよ。もっと反抗するべきだろ?」
足を組み、温かい紅茶を飲みながら眉を寄せて言う男である。
「反抗するだけ無駄なことはわかっていますから、この方が楽なのですよ」
「もっと飯を食って体力をつけないから、抵抗するだけの元気がでないんだよ。飯は力の源なんだぞ?」
「理解しています」
「理解してたらもっと健康的な体つきになってるだろうな」
細い体を心配していないわけじゃないのだ。紅茶を置き、視線を送ればすぐに軽蔑したようなツッコミが入る。
「目つきが気持ち悪いですよ。鳥肌が立ってしまったほどです」
「ぺちゃぺちゃなソコ見て興奮するかっての」
「そのように言う人ほど興奮していると言いますが」
「どこの情報だよ」
両腕を使って胸を隠しながら言うクレアローナだが、両手を使って隠さなければいけないほどの容量はない。
だが、それを口にすれば取り返しが効かないほど嫌われることだろう。
昨日はしっかり反省したのだ。もちろん我慢する。
「……あ、そうだそうだ。最初から気になってたことなんだけど、聞いていいか?」
「変なご質問でなければ」
「じゃあ平気だ。朝の準備はいつも一人でしてるのかなって思ってさ」
この部屋にクレアローナが入ってきた時から聞こうと思っていたこと。
寝起きであるにもかかわらず、銀白色の長い髪は乱れておらず、着ているものにも乱れが見えなかったのだ。
「一人で準備するのは当たり前のことです。この髪にすら誰も触りたくないでしょう。この容姿なわけですから」
「ふーん……」
「あなただってその一人でしょう?」
「いや、別に。綺麗な髪だと思うし」
「っ」
「え? なにか変なこと言ったか?」
切れ長の大きな目をまんまるにするクレアローナ。明らかに驚いた表情であるが、聞き返せばすぐにスンと戻る。
「……そのようなことを口にされても触らせたりはしませんよ。あなたにだけは。なにをされるかわかったものではありませんから」
「一応自信あるんだけどな、髪整えるの」
「信じられませんね」
キリッとした態度で、ここでようやく紅茶に手を付けるクレアローナ。
「……」
冷たい紅茶をいただいているはずが、なぜか温かい紅茶を飲んでいるような錯覚に襲われていたのだった。
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