第6話 幕間 とある一室で

 クレアローナと別れたその後。


「——もちろんでございます。特に問題はありませんでした」

「であるか。引き続き任せる」

「承知いたしました」

 世話役の男はこの伯爵家の主、アルバーラ・ヴァンテンスに本日のことを手短かに報告。


 そうして、使用人に与えられた一室に入る男は……ぐでぇーとだらしない格好で椅子に腰を下ろしていた。


「……」

 ランプの光をつけることもなく、月明かりが頼りになる自室では、

「はーあ。感じ悪かったな……」

 誰にも聞かれるわけにはいかない、聞かれたら罰せられる言葉をボソリ。

 男は頭を掻きながら、眉間にシワを寄せていた。


「やっぱり一番怖いのは吸血鬼なんかよりも人間だな……」

 つくづくそう感じたのは、初めて顔を合わせた時の大らかなアルバーラはいなかったから。

 先ほどの会話を交わした時、アルバーラの顔は圧があるほど険しいものだった。まるで化物を見るかのような目で接してきたのだ。

 その態度通り、素っ気なく、ぶっきらぼうで、すぐに話を終わらせようともしていた。


 雇われた身であるために文句を言っても仕方がないことだが、これは『クレアローナのお付き』になったからだろう。

『クレアローナに血を吸われ、吸血鬼に変わってしまったかもしれない』なんて警戒があったからだろう。


「はあ……」

 これは予想でしかないが、大きなため息が出る。


だいの大人が……。本当、馬鹿馬鹿しいったらありゃしない」

 こんなにもモヤモヤした気持ちに陥るのは、自分が冷たくあしらわれたからではない。

 今日から関わることになったクレアローナの待遇を身に沁みて理解したから。


「どうしたもんかねえ……。本当に」

 重苦しい声が漏れる。これは同情もある。

 クレアローナと同じように、辛い日々を体験した男だからこそ、寛容になれるものではない。放っておけるものではないのだ。


 どうにかして明るい気持ちになってほしく思う。

 自分を拾ってくれた貴族、義両親がくれた恩を、誰かに返すためにも。


 そんな強い気持ちを持っていた男だが……ガックシと頭を落とす。


「まさかあんなに嫌われるとは思ってなかったな……」

 男は義両親がしてくれたことを、そのまま真似したのだ。

 取り繕うことはせずに、と。


『心を開いてもらうために』いうのは大袈裟だが、接しやすい人物だと思ってもらえるように、敵意のない人間だと思ってもらうように、ほんの少しでもいい方向に転がるように。


 それは孤児だった男に効いたことだったが、クレアローナには全然効いた様子がなかった。


「今思えば、性格とか性別をよく考えるべきだったな……」

 人間は皆同じだが、それぞれに個性がある。得意なことも苦手なこともある。

 それを考慮せずに『自分がこうだったから』として対応すれば——起こらないわけがない。


『いつまでこのお部屋にいるつもりですか』

『いつまで着いてくるのですか』

 煙たがっていた。いや、煙たがりすぎていたクレアローナのセリフが脳裏によぎる。


「……はぁあ。馬鹿なのは俺の方だよな……」

『やっちまった』と肩を落とす男は、テーブルの上にあった羽ペンを手に取り、反省点を洗い出していく。


 どうしようもない素を持っている男だが、やる気がないわけではない。

 義両親の顔に泥を塗らないためにも、『お世話役』の仕事は真面目にこなそうとしているわけである。


「……ま、まあプラスに考えれば、これ以上は嫌われることはないってことだよな。これ以上の評価が落ちることないみたいな……」

 パチパチとまばたきをしながら、自身を納得させる。

 だが、そのまやかしはすぐに解けるもの。


 再び肩を大きく落とす男がいるのだった。



 普段とは違い——すやすやと心地よい寝息を立てているクレアローナがいるとも知らずに。

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